紅 闇

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 他人はおそらく、私を強運の持ち主だと羨んだに違いない。  数年前の戦争で父が戦死し、その知らせを聞いた母までが狂死したため、私は別の町に住んでいた叔父のもとに引き取られることとなった。そう、あれは確か、まだ私が九つの時……。  叔父には他に家族はなく肩身の狭い思いをする必要はなかったが、町医者であるこの叔父のあくどい性格と、彼自らは崇高(すうこう)と称える悪趣味のため、到底馴染むことなどできなかった。  だが、世間的には医者先生の叔父である。その立場を生かして汚い商売もやっていたため、戦争の跡が色濃く残る御時世では、かなり裕福な暮らしを保っていたと言えただろう。そういった意味では、戦災孤児であるはずの私にこのような親戚がいて、しかも将来的に跡取としての立場がほぼ約束されているとなれば、誰もが羨ましく思うのは当然だった。  世間はあの男の悪趣味を知っていたのだろうか?  いや……たとえ知っていたとして、それでも人は私を羨んだのかもしれない。金と、社会的地位が得られるのならば、そんなことは誰しもやってのける時代だったのだから。  今にして思えば、私は愛されていたのかも知れない。  だが愛などというものは、大概迷惑極まりないものだ。  愛して欲しいと……そう心より願った相手からのものでなければ、到底欲しいとは思えない煩わしいもの。  だが、誰もが真に欲っするものは滅多に手に入ることが無く、世の中には要らないものばかりが溢れている。  だからこそ、人間は皆苦しみもがいて生きていかなければならないのだ。  この狂った世界で、腐った愛の幻想に……それでも確かに、守られながら。  そういった意味では、確かに愛というものは、素晴らしく便利なものなのかも知れないね。
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