紅 闇

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「医者にはかかっていないのか?」 「診てもらうお金なんて、無いよ」  君の返事を聞いて、なるほど、そうだろうなと納得した。  私は頷いて、それからふと思いたってこう君に提案したのだったね。 「……私が診てあげようか?」 「え?」 「私が医者に、見えないか?」  君が天使の衣と間違えた、この白衣を見て。  そんな私の問いに、しかし君は困ったように苦笑して、首を左右に振った。 「お医者さまなんて……見たこともない。あんた、お医者さまなの?」  その言葉に、今度は私が苦笑させられた。 「まだ卵だけれどね。それでもよければ、診てあげよう……もちろん、無料で」 「ホントに?」  見開かれる、瞳。  このとき君の瞳に宿った強い希望の光を……私は心の底から美しいと感じた。 「でもなんで……そんなに親切にしてくれるの?」  戸惑いがちな警戒心も、私にはひどく可愛らしく思えた。 「君の祈りが、神に通じたのだとは考えないのか?」  そう問いながらも、私は神など信じていなかった。 「私は天使ではない。が、ここで逢ったのも何かの縁。これが神の導きならば、私としても応えぬわけにはいかないだろう」  そう言いながらも、私は神など信じていなかった。  ただ、ほんの少しだけ、君に興味が沸いたから。  こんな汚い路地裏の教会で、こんなに綺麗な人に出会うとは、思っても見なかったから。  もう少し、一緒にいたいと思ったから。  それが本当の理由だった。 「救えるとは限らない」  と、私は言った。 「それでも、いいか?」  君は一瞬惚けたように目を見開き、それからおもいきり頷いたね。  飛びついてくる、細い体。発育の悪い痩せた弱々しい体に、けれど君は溢れんばかりの生命の輝きを宿していた。 「ありがとう……こっちだよ!」  そう言って、私の手を取り、走り出した君が眩しかった。  もし本当に天使というものが存在するのなら、それは君のようなもののことを言うのだろうと私は思った。  闇と同じ色をした、揺れる漆黒の髪。  それでも君は光を放っているかのようで、私は思わず目を細めた。  自分ではもう失ってしまったその輝きが……私の目には、眩しすぎたのかもしれない。
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