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君が消えてしまったのは、それから二年後のことだった。
あれは、ひどく凍てつく冬の夜。
窓に何かがあたる音がしたのに気付いて、私がそこから顔を出すと……君は真っ白に降り積もる雪の中、悲しげな美貌に、けれど神でさえ崩すことはできないような強い決意を宿して……二階の私を見上げて言った。
「姉さんが死んだ」
まさにそれが、君を地獄へと引きずり込む転機だった。
「殺されたんだ。客の男とトラブル起して、詳しいことはわからないけど、下の姉さんを上の姉さんが庇ったらしい。それで、二人とも殺られた」
「……!」
「俺は長男だ。次は俺が……弟や妹の面倒を見なくちゃならない」
「バカな……。待ちなさい、すぐに降りていくから……!」
私は叫んだ。
君が行ってしまう……二度と戻れないその世界に。
そんなことが……どうやったら私に耐えられるというのだろう?
君は本当に残酷だった。
君の賞賛すべき崇高な自己犠牲の精神は、君の家族を救ったのかもしれないが……しかしその一方で、この私の心をズタズタに引き裂いたのだ。
そのことを、君は考えたことがあっただろうか?
君が地獄へと足を踏み入れたその瞬間、私ももはや共に堕ちて行く以外、他に道がなくなったということを。
「……お別れだよ」
君は静かに、だがはっきりとそう言った。
「俺はもう二度とあんたと会わない。あんたも……会いに来ないでくれ」
あまりにも突然の、あまりにも残酷な別れの言葉。
君のことしか見えなかった、君のことしか愛せなかった憐れな男に……その言葉がどれほどの衝撃を与えたか、君は知っていただろうか。
「……待て!ダメだ、行くな!」
私の叫びは確かに君の耳に入っただろうが、君の心を変えるほどの強さを持つことはできなかった。
命をかけるに等しく強い想いが、確かにそこに込められていたにもかかわらず。
この時の私の絶望を、君はおそらく考えたことなどなかっただろう。
「もう行くよ。今まで……ありがとう」
そういって君は、くるりと私に背を向けると、振りかえりもせずに走り去ってしまった。
慌てて階段を駆け下りて外に走り出たけれど……君の姿はどこにもなく、ふぶき出した雪の中で、私は長いこと呆然と裸足のままで立ち尽くしていた。異変に気づいた叔父が、嫌がる私を無理矢理抱えて部屋に運んでゆくまで……ずっと君の消えた白い闇を見つめながら泣いていたのだ。
寒さも、冷たさも何も感じなかった。
痛みも、悲しみさえもこのときはなく……抜け殻のようになった私は、多分このとき一つの死を迎えたのだと思う。
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