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そんなふうに呟きつつも、母が兄を目に入れても痛くないくらい可愛いと思っているのは分かっている。
兄とわたしに対する母の態度の温度差を、幼いながらも理解できないわけじゃなかった。
わたしは朝日が眩しい玄関の隙間から外を見つめた。夏日に玄関の脇に置かれたプランターの花が白く照り返っているのが見える。
「亜都里ちゃん、靴を履きなさい。バスが来ますよ」
母が少しイライラした様子でわたしを振り返る。気がつくと玄関の外にいつの間にか母が立っていた。
「はい!」
慌てて靴を履いて外に出る。
じんわりと肌に当たる朝日が、すでに暑い。前髪がにじんできた汗で額にへばりついた。黄色い帽子の中が蒸れて、うなじを汗が伝って落ちる。
バスの停留所は歩いて三分も経たない場所にあった。わたしの前を母が足早に歩く。わたしは一生懸命母を追いかけた。
「亜登里ちゃん、おはよう」
二軒先の家の前を通り過ぎようとしたとき、その家のおじいさんが、いつものようにわたしに声をかけた。
「おはようございます」
大きな声が出ず、口の中で言葉が籠もる。それに気付いた母が軽く頭を下げて、挨拶を返す。
「おはようございます」
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