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プロローグ 【 中里 亜都里 】
「お隣のおじいちゃん、今日死んじゃうよ」と幼いわたしの言葉を聞いた母の顔を、今でも忘れられない。
その日の朝、四歳上の兄が黒いランドセルを背に玄関で靴を履いているのを、登園の準備をすませたわたしはぼんやりと眺めていた。
兄の竜樹は利発で、わたしとは正反対だった。なんでもハキハキと答えて、表情豊かで明るく、家族のムードメーカーだ。
要領が悪いわたしは、兄と比べられてはいつも引け目を感じていた。一時期は兄の真似をして、懸命に父母の関心を引こうとしていたけど、兄から「そういうのに似合わないし、面白くない」と言われてからはやってない。
玄関に揃えておいた靴を蹴散らしてスニーカーを履く兄を、母が優しく叱っている。わたしの時とは違い、鼻にかかったような甘い優しい声音で呼びかける。
「竜樹ちゃん、急がないと遅刻するわよ」
兄が何度もハイハイと、面倒臭そうに返事をしている。
「行ってきまーす」
勢いよく玄関を開け、あっという間に駆けていった。母がその後ろ姿を微笑ましく眺めている。
「本当にしようがない子ねぇ」
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