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「それでも帰ってきたばかりのころは、遥香そのものだったんだ」と僕は続けた。「次第におかしくなっていったんだけど、初めのうちは」  彼女はレモン入りのレッドアイを一口飲んだあと、ハンカチで唇を拭いながら「遥香って?」と訊ねてきた。 「妻の名前だよ」と僕は答えた。 「ああ、なるほど」 「ちなみに君の名前は?」と僕は訊ねた。 「エリナだよ」と少女は答えた。 「ああ、なるほど」と僕は彼女の真似をして言った。 「だから結構好きよ、エリナー・リグビー」  僕は灰皿に押し付けられる小さくなった煙草を見つめながら「ふうん」と呟いた。遥香の記憶も、この煙草のように少しずつ灰になっていったのだろうかと思うと、胸が締めつけられるような気持ちになった。セブンスターの香りをいつになく苦く感じた。 「でもさ。なんかそれ、詐欺みたいじゃない?」とエリナは言った。 「詐欺?」 「だって治せるって言ったから、そのお医者さんに任せたんでしょ。それなのに治っていたのは初めのうちだけで、徐々にまたおかしくなっちゃって、その後は知りませんじゃ、詐欺と変わらないじゃん」 「知りませんとは言われてないよ」と僕は慌てて訂正した。「残念ですとは言われたけれど。これ以上は無理ですって」 「詐欺じゃん」とエリナは言った。 「詐欺なのかな」と僕は言った。 「詐欺だよ」とエリナは言った。  そして彼女はまた煙を吐き、僕はエリナー・リグビーに耳を澄ました。マスターの氷を砕く音が、妙にうるさく、頭の奥で響いていた。
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