3

1/1
21人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ

3

「君の言うとおり、いまとなってはまるで機械のようではあるけれど」と僕はボンベイのロックを一口飲んでから、静かにそう言った。「でも身体は遥香のものだから」 「不憫だね」とエリナはマスターの手元でまん丸に整っていく氷を見つめながら言った。眉をハの字にしたような表情で頬杖をついており、一応、少しは僕に同情してくれているようにも見えた。 「あたしでよければいつでも付き合うよ。話を聞くくらいしか出来ないけれど」とエリナは言った。 「それでもずいぶんと助かるよ。ひとりではどうにももたないときがあって」と僕は言った。 「でも、夜はもう遅い」 「そうだね。朝まではまだだいぶあるけれど」 「あたしとまだまだ夜を過ごす? 朝まではまだだいぶあるから」 「いや、それはまた今度にするよ」  僕は右にはめた腕時計を確認して、すでに電車がないことを知った。タクシーに乗れば三千円くらいで帰れる距離なので、つい時間を気にせず飲んでしまった。初めて会った少女とはいえ、話を聞いてもらえたのも、正直うれしかった。 「そろそろ帰るよ」と僕が告げると、エリナは再びセブンスターに火をつけて「機械の奥さんのもとに?」と訊いてきた。 「違うよ、遥香のもとに」と僕は答えた。 「不憫だね」とエリナは同じ台詞を繰り返した。  僕は話に付き合ってもらったお礼にエリナの分の会計もしつつ、マスターにハイネケンビールを一杯ご馳走した。マスターの深々とお辞儀をする様が、とても好意的に思えた。  気づけばエリナー・リグビーは終わっていて、その代わりにゴット・トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフが流れていた。「きっと別の道を進めば別の気持ちになれる」とポールが陽気に歌っていた。  とてもじゃないけど、そんな気分にはなれなかった。
/9ページ

最初のコメントを投稿しよう!