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 缶ビールをふたりで飲んでいるあいだも、居心地は悪いままだった。僕から遥香になにか話しかけても「そうですね」や「おっしゃる通りだと思います」などといった機械的な言葉で返ってきて、会話はまったく続かなかった。 「ねえ、遥香。君のその返事の仕方や言葉の選び方は、なにか特別なプログラムだったりするの?」と僕は訊ねた。 「私のなかには介護用の傾聴プログラムが搭載されております。ただし、それは決して旦那様が要介護者であるからという要因ではなく、あくまで旦那様と生活していくにあたっては、介護用の傾聴プログラムが最適であるという人工知能の演算結果に基づいての選択となります」と遥香は早口で答えた。正直、なにを言っているのかは、さっぱり分からなかった。 「そのプログラムをさ。いまのあいだだけ、切っておくことはできるかい。なんだろう、すこし居心地が悪くて」 「承知しました」 「あとさ、敬語もやめてほしいんだ。ねえ、遥香。君は僕のお嫁さんなんだよ。それはいまも昔も変わらない。もう結婚して十年以上だ。長年連れ添った夫婦がいまさら敬語を使いはじめるなんて、あまりよくないことだと思うんだ」 「承知しました」と遥香は言った。 「だから、敬語はやめてよ」 「承知しました」と遥香は繰り返した。 「ごめん。もう、いいや。もうしゃべらなくていい。いっそのこと、もうしゃべらないでおいて」と僕は最後に言った。  静かで哀しげな雰囲気のする夜だった。ローテーブルに置かれたランタンの火が弱々しく揺れていた。枝豆の味はいつもより塩っぽくて、ビールの味はいつもより苦く感じた。
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