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「でもそれってさ、機械なんでしょ。結局」と少女は、ピンク色のプラスチックライターを指でくるくると回しながら言った。そしてセブンスターを口にくわえ、気だるそうに火をつける。吐いた煙はふわりと宙を舞い、やがて溶けるように天井の向こうに消えていった。
僕は煙を目で追うのをやめると、その名も知らない少女に向かって「はっきりと言うんだね」とため息混じりに呟いた。
仕事の帰りに、そのまままっすぐに帰る気も起きず、偶然見つけたショットバーに、ふらりと立ち寄った。客はその少女ひとりしかいなく、自然な成り行きで僕もカウンターに座る流れになった。
少女は肩から背中まで大きく肌を覗かせた黒のサマーワンピースを着ていて、彫刻刀で彫ったかのように整った鼻が特徴的だった。
「他人だもん」と彼女は悪びれもせずに言った。そしてまた一口吸って、僕に向かって息を吹きかけるように煙を吐いた。僕は彼女の煙を顔で受け止めながら「なるほど」と言った。
店のマスターはお酒を作ったあともしばらくは僕たちの会話を聴いていたが、次第に話題に飽きたのか、一度カウンターの奥に消え、戻ってきてからはアイスピックで氷を砕くのに集中していた。黒いワイシャツに黒いネクタイを締めた、無口で落ち着いた印象の男だった。
カウンターには四席しかなく、あとは二人掛けのテーブルが奥にぽつんと置かれているだけだった。カウンター奥の棚にはボンベイやらタンカレーやらゴードンやら、やけにジンだけが種類豊富に並んでおり、品揃えにバランスの悪さを感じた。でも、決して悪い趣味ではないと思った。カウンターもテーブルも上品なウォールナット製で、丁寧に磨かれているようだった。壁は味のあるオレンジ色で、まるでストックホルムの港町に迷い込んだかのような気分になった。店内ではさっきから、ザ・ビートルズのエリナー・リグビーが流れていた。
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