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「添い寝だけ?」
「うん、やらしいことは一切なし。頼まれれば腕枕とか、頭とかポンポン、はあるけど、キスとか激しいハグとかは絶対しない。ってか俺が無理」
「そんなん、あるんや」
「うん、けっこうあるよ。漫画とかの題材にもなっとるし、れっきとしたセラピーサービス」
「俺も頼もうかな」
「・・・へっ?」
「俺、けっこう眠り浅い方やから、朝起きても疲れてること多いねん。変な夢もしょっちゅう見るし」
「・・・いりやん、俺に恋愛対象として見られてる自覚ある?」
「・・・えっ?」
「やっぱ、無いかあ」
ふい、と反対側の窓の方を向かれた。また、やらかしてしまった。
今のは自分でも、軽はずみな言動だったと思う。
「・・・ごめん」
「俺のこと、なんとも思ってへんのは分かるけど、俺がいりやんのこと好きやってことは、忘れんで欲しい。別に期待するとかちゃうけど、なにもないみたいに思われんのは悲しいからさ」
「分かった。ごめん」
「で、いつにする?」
「へ!?」
「初回やから、10%OFFね」
「・・・ええの?」
「その代わり」
「ん?」
「いい、と思ったら、その次は仕事抜きで添い寝させて。やったら、キスとかハグもできるし」
ベンチから、身体がズルリと滑り落ちそうになった。
「分かった」
気がついたらあの時と同じように口から出ていた。
「ほんまに分かってるぅ?」
じとーっとした目で莉央にまた睨まれたとき、ちょうどロープウェイが止まった。
莉央が「歩きたいから」と遠回りして赤レンガ倉庫に向かって歩く。
「なんでそんなバイトしてるん?」
「引いた?」
「引かへんけど、自分が熟睡できなさそうやん」
「そっち?まあ、寝てる間に何かされたらって思うと怖いよね」
「男の客もいるん?」
「いる。ほとんどが女性やけど。なんか、みんな疲れてんなって思う。この前は50歳くらいのおじさんに、手を握っててほしいって言われて、それくらいなら許容範囲やから握ったら、そのおじさん、寝ながら泣いてた」
「・・・そうなんや」
「あとは、せやな、失恋したてで、ほんまに一人じゃ眠れない女子大生とか、男性経験なくて、男の人と寝てみたいって言う40代の女性、興味本位だけでオーダーされて〝ほんまになんもしないんやー〟ってずっと笑ってる人もおった」
「へえ」
「確かに熟睡はできないよね。だからバイトあがったらそのまま家で昼寝する。夜まで起きないこともあるし、時差ボケみたいになるから、海外旅行した後みたいでちょっと面白いかも」
想像つくようなつかないような。
「まあ、セラピストは全員男やねんけど、なんかあった時のために護身術は身につけてる。あとは、ちゃんと入ったときと出るときにオーナーに電話連絡するし、そもそもちゃんと事前にカウンセリングもするから、変な人に当たったことは無いかなあ」
「え、俺もカウンセリングされんの?」
「いりやんは、俺の紹介ってことで大丈夫」
「え、そんなもん?」
「あ、見えてきた」
目の前に広がる赤レンガ。久しぶりに来たな、と思った。何かのイベントをやっていると思ったら、ビールフェスだった。
「めっちゃ、ええやん。昼間からちょっといっとく?」
莉央を見ると、悪戯を思いついた子供のようにニヤ、と小さく笑った。
初めて見る莉央の笑顔に、胸の鼓動が少し乱れた気がした。
海を眺めながら、缶ビールで乾杯した。
「めっちゃいい天気」
「うん」
「いりやん、兄弟は?」
「弟がいる」
「いくつ?」
「あ、莉央と同い年やな。莉央は?」
「姉が3人」
「うわ、子供の頃絶対姉ちゃんたちに遊ばれたやつやん」
「え、分かるー?着せ替えとか、メイクとかされた」
「想像つくわ。あ、だからコスメとかこだわりあるん?」
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