眠れない夜に、君と。

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「次のデートはさ、いりやんが考えてくれる?」 「うん。だいたい考えてる」 「え、聞いても良い?」 「まず、朝4時集合で釣り行って、そのあとバッティングセンター行って、昼は市場で立ち食い海鮮丼食べに行く。で、そのあと競馬場行って、帰りはビリヤードかダーツ。どう?」 明らかに莉央の顔が引きつっていた。 「・・・海鮮丼と、ダーツだけなら、ギリ」 「嘘やって。冗談。朝4時なんて俺布団の中で夢見とるわ」 「え?」 「バッティングセンターとか何年も行っとらんし、競馬興味ないし、ビリヤードはたまに行くけど、いつでも行けるから、莉央としかできないことしたい」 「俺としか、できないこと?」 「うん。前にちょっと話してくれたやつ。莉央がしたいことしよ。俺ももっと莉央のこと、知りたいし」 自然に口から出た言葉に、莉央が恥ずかしそうに笑った。けどそのあと、少しだけ悲しそうな顔をした。その意味を、まだ俺は知らずにいた。 先に電車を降りたのは莉央だった。 「またな」 「うん。連絡待ってる」 〝じゃ〟という意味で軽く手を上げたら、莉央がそっと自分の手を重ねてきた。驚く間もなく、閉まるドアに触れないようにサッとひっこめられたけれど。 電車が動き出しても、真顔、というのか、ドアの窓の向こうから莉央がこちらを見つめていた。なぜかは分からないけれど、俺は何となく、この電車のように、いつか自分が莉央から離れていく未来があるのだろうか、と不思議に思った。 次の日曜日。 駅で待ち合わせ、と約束した莉央の姿を車窓から見つけて『着いた』『青い車』とLINEした。 それに気づいた莉央がビー玉みたいな瞳をさらに丸くさせてこちらに小走りしてきた。 「え、車?今日、車?」 「うん。あ、平気やった?乗り物苦手とかある?」 「ううん、ない」 「良かった、乗って」 恥ずかしそうに、でも嬉しそうに助手席に乗り込む莉央にホッとした。静かにアクセルを踏み出し、俺と莉央の2度目の「デート」が始まった。 「この車、いりやんの?」 「いや、わナンバー」 「え、わざわざ借りてきてくれたん?」 「この前電車やったから、車もええかなって」 「いりやん、運転できるんや。てか、免許持ってたんや」 「うん、月一くらいは運転するかな。大学の友達と遊びに行ったり1人でドライブしたいときもあるし」 「・・・そか。てか、早いね。まだ約束の・・・15分前やで?」 腕時計を見て莉央が言った。 「うん、いつも借りるレンタカーじゃないところ行ったから、なんか会員登録とかあったら時間かかりそうやったから早めに家出たらけっこう余裕やった。莉央こそ早いやん」 「俺は、いりやんに早く会いたかったし、待たせたくなかったから」 こういう、真っ直ぐに「会いたい」とか「好き」とか言われるのは慣れてない。経験、というより性格の違いか。 「ありがと」 小さな声でお礼を言うと、プシッという金属音が聞こえた。 「はい」 「ん?」 「ここ置いとくから飲んでな」 車のドリンクホルダーのところに、微糖のブラックコーヒーの缶が置かれた。 「ありがと。さっき、莉央がおらんかったら俺もどっかで飲み物買おうかな思ってた」 「今日も暑くなりそうやったから」 「莉央は?何飲んでんの?」 「ルイボスティー。家から水出しで作ったやつ持ってきた」 運転席から莉央の手元をチラ見すると、有名メーカーのタンブラーがバッグからのぞかせていた。 「今日、どこ行くん?」 「まずは市場」 「市場?」 「この時間はちょっと遅めやからたぶん空いてる。一緒に朝ごはん食べよ」 「・・・やから、朝ごはん抜いてきて言うたんや?」 「そう。腹減ってる?」 「減ってる!ぺこぺこぺこ!」 「ぺこ、多いな」 子供みたいに笑う莉央にこちらまで笑顔になる。これは早く連れていかんと、と思い、ついアクセルを踏む足に力が入った。
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