眠れない夜に、君と。

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「付き合ってください」 そう言われて、「どこに?」と聞いた瞬間、そういう意味ではない、と理解した。 けど目の前の〝彼〟は「んー」と斜め方向を見上げ、指を折りたたみながら少し冷めた目をして語り始めた。 「ベタやけど、映画、人少ないときの美術館、虫がおらん時期の植物園。一緒に服も見に行きたいし、デパコスも買いに行きたい。遊園地とか人が多い場所はちょっと苦手」 え、これはもしかして、もうそういうことになってる? 否定するタイミングが掴めないまま、目の前の彼が「あ」と付け足すように言った。 「セックスはまだしたことないから、ラブホは怖いかな」 ちょ、待った。俺、まだOKもNOも言っとらん。どっちかと言うと恋愛対象として同性を見たことはないし・・・そう思っていたのに、ガラス玉のような目をして俺を見つめる彼、柊莉央(ひいらぎりお)に、気が付いたら 「分かった」 そう答えていた。 入谷寿輝(いりやひさき)、23歳。就職内定済みの大学4年生。 人生初、同性と付き合うことになった。 「ありがと。あとでよく摺合せしよ」 そう言って彼は指が揺れるくらいの軽い「バイバイ」をして、駅に向かう道を歩いて行った。 カフェや居酒屋も好きだけれど、夜にふと、しっとりと一人で酒を呑みたくなる。「TSUBAKI」はそんなときにぴったりなバーで、週に1,2回はそこで一人で吞んでいた。マスターとは顔見知りになったけれど、いつも座るのはカウンターではなく、奥の角の席。そこで出会ったのが彼だ。 彼、と呼ぶのは俺がまだ柊莉央という人間をよく知らないし、どう呼ぶかも決めていないからだ。よく店で会うな、と思う程度で、実際に話したことはなかったけれど、一度、自分がいつも座っている席に彼が座っていて、「あ」という顔を見られた。彼はハッとしたようにその席を俺に譲ろうとしたので、とっさに「そのままどうぞ」という意味で手を差し出した。抱えたバッグを膝の上に乗せて、少し気まずそうに座った彼の3つほど離れた席に俺は座ることにした。それが俺が覚えている唯一の関わり。 そこから何度か店で顔は合わせたけど、会話どころか挨拶もしたことなくて。 今日も会ったな、と思うくらい。 そんなある日、会計を済ませて店を出たところで後ろから「あの」と呼び止められた。 振り返ると慌てて出てきたのか、ちょっと息を切らしながら、一見女性と見間違うような顔立ちとそぐわない仁王立ちでこちらを見ていた。 「俺、柊莉央っていいます。名前教えてください」 「・・・入谷です」 「下の名前は?」 「寿輝」 下を向いてうんうん、と頷いたと思ったらこっちをきりっとした目で大きな目で見た。 「入谷寿輝さん、俺と付き合ってください」 次の日の夜。なんとなく行かなければならない気がして、俺はTSUBAKIに行った。店に入った瞬間、すでに着席していた柊莉央が少しホッとした目でこちらを見た。 目の前に座ると、バッグからスマホを取り出した。 「連絡先、聞くの忘れた思って」 「・・・あ、そっか。せやな」 思い出したように言ってしまったけど、実は昨日の夜のうちに気づいていた。 連絡先を知らんのにどうやって付き合うん? まだお互い顔と名前しか知らないし、年齢も、住んでいる場所も知らない。そもそも、どこを好きになってくれたのかとか、いや、もしかしたら昔流行ったドッキリとか、何かの罰ゲームかとも予想した。 「えっと、QRコード出すから、読み取ってくれる?」 「うん」 「あと、なんかあった時のために番号も知りたい」 「うん」 「良かった、会えて。今日」 「いや、昨日の今日やし、会っといた方がええかな思て」 「オッケ。友達追加できた」 「うん」 マスターから何を呑むか聞かれたのでとりあえずハイボールを頼んだ。 「いつも、何呑んでんの?」 ガラス玉のような目で見つめられると緊張する。
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