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開け放たれた教室の窓からただよってくる夏のにおいが、新たな始まりを予感させた。
渡り廊下の向こう側に、写真部の部室はひっそりと存在している。写真部には部員が一人しかいないということを、私は人づてに聞いていた。
部室の入り口には、「モデル募集中」とマーカーの大きな字で手書きしたポスターが掲示されている。
「どうぞ」
私が部室の前側の扉をノックすると、唯一の部員であり部長でもある彼の声がした。
私は扉を開けて部室に入り、少しどぎまぎしながら要件を告げた。
「…………あの貼り紙を見て、あなたの写真のモデルに応募したいという話なんだけど」
「うん」
同じ高校一年生だと言うのに、どこか大人びた雰囲気をまとった彼は、椅子に座って、私の顔を一瞥もせずにしきりにカメラをいじっていたが、ファインダーの調整をしながら、ふと思い出したように訊いてきた。
「応募しようと思ったきっかけはあるの? 単にきみが目立ちたいからだとか、もうすぐ病気で死ぬから一番いい瞬間を遺して欲しいだとか、芸能界に入るために、大きな写真コンテストの最優秀作品のモデルをしていた実績を作りたいとか……もっとも、最後のは少し未来の話になるけど」
冗談か本気かもわからないことを、さらりと言ってのける彼。私は、モデルに応募するきっかけとなった出来事を素直に述べる。
「私、その……、あなたの写真が好きなの。展示でひと目見た時から、あの綺麗な写真のことが忘れられなかったの……、だから――、」
「――合格だよ」
彼は爽やかに微笑んだ。
「…………え」
こちらの話を聞き終わらないうちに、合格、モデルにしてあげる、とはっきり念を押された。
驚く私を見て、彼はゆっくりとうなずいた。
「――あの日、展示会場で初めて話した時から、僕は君の写真を撮りたいと思っていたんだ」
彼は破顔して握手を求めてきた。
「ようこそ、写真部へ。歓迎する。…………って、どうしたんだい?」
私はすぐに手を取ることができず、固まっていた。話がトントン拍子に進んだことにもだけど、それ以上にためらっていた。
「私のほうから頼み込んでおいて、今さらこんなこと言うの、自分でもおかしいんだけどね…………本当に、私なんかで良いの?」
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