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 次の日、部室に入ってきた、表情が明るく映えるように髪を切り、モデルとしての見映えのためにメイクをした私を見て、――――彼は冷たく(さげす)んだ。 「どうして君はいつもそうなんだ」、と。 「なら、(さなぎ)のままで良かったんだ」と。 「僕たちが初めて会った日。あの展示会で出された写真の光源は、キャンプ用のライトを当てて演出したこと、話したよね」、と。 「僕は陽の光を受けて輝く昼の蝶よりも――――、そんな偽物の光に引き寄せられる夜の蛾のほうが好きだったのかもしれない」、と。 「僕が一番好きな君は、自分を蝶だと思い込む蛾。その(さなぎ)なんだよ」、と。 「海岸で撮ったあの写真…………そんな、確かに、アルバムのここに貼ってあったはずなのに」、と。  それ以上の言葉を聞く前に、私は部室の椅子から立ち上がった。 「――――ごめんなさい。専属モデル、今日で辞めさせてもらうね」  最後に彼がいちばん好きだと言ったのは、こっそりどこかに隠してしまった、あの海岸で、不格好なポーズでぎこちなく笑う私の写真だった。  部室を飛び出した私は、そのまま真っ直ぐ帰る気にもなれず、夜になるまで街中をあてもなく歩き続けた。  泣き疲れて、すっかり暗くなった帰り道、スポットライトが当たるように目がくらんで、轟音がすぐ目の前に迫っていた。  私は、その時ようやく後悔していた。  あの写真を隠したことを打ち明けて、仲直りしたかった。  自分の方から一方的に飛び出してしまったけど、結局ずっと、彼の専属モデルでいたかった。  だけど私は、接近していた大きなトラックを、避けきれなかった。  気がつくと、私はなぜか真っ暗な学校にいて、あの写真を必死に探していた。  なのに、隠したはずの場所に、その写真は無かった。  校舎じゅうを必死に探し、トイレの鏡に映ったものを見て、悲鳴をあげた。  私の喉から出たのは、悲鳴というより、壊れた機械のノイズを思わせる、この世のものでは無い存在のうなり声だった。  それは、霧のような不鮮明な姿をした、黒い化け物だった。  真夜中の世界に()む、影の化け物と成り果てた私。夜に現れては、再び彼の光を得るために、学校の中をゆらゆらと彷徨(さまよ)う。  私の本質は、やはり()だったようだ。  やがて、私が影の化け物になってからしばらく経って、何かを(わめ)きながら、真夜中の部室で写真のバックナンバーを漁り続ける彼の姿を見かけるようになった。  虚ろな表情と死人のような顔を見て、正気を失ったのだと、ひと目で分かった。  彼は毎日のように真夜中の部室に忍び込んだ。だけど私は反対側の渡り廊下から、理性を失った彼の姿を、ただ隠れて見守るだけだった。  いつしか写真探しを諦めた影の私は、悲しみながらもどこか投げやりで、彼を(なじ)るような気持ちになっていた。
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