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***  私の大好きだったあなたよ、どうか思い出して。  ひとめ見るだけでレモネード感覚のサイダー味が浮かんでくるような、あの海辺で撮った、私を写した青春写真の、なんと子供騙(こどもだま)しなことか。  実際の写真の先にあったのは、吐き気がこみ上げてくるような、漂着物のプラスチックや不法投棄のゴミの山、海洋生物の打ち上げ死骸(しがい)、そして甘ったるい腐臭だったと言うのに。  私は自分の意思で、変わりたくて変わっただけなのに。  写真写りを良くする以上に、彼に相応しくなるために、もっと可愛くなりたくて、髪を切った。メイクを勉強した。  だけど、それが原因で、忘れもしないあの日、私と彼は初めての喧嘩をした。  彼は私のことが好きだったんじゃなくて、写真の中に、理想の女の子を閉じ込めていただけに過ぎなかった。  その日、私は不慮の事故でこの世を去り、過去の存在となった。  彼は今も、こうして真夜中の学校に忍び込んで、モデルの私と過ごした一年分のアルバムを漁って、これじゃない、これじゃないと、「蛾の(さなぎ)」の写真を探しては、喚いている。  私は私で、何度も見たその光景に、化け物となった空っぽの眼窩(がんか)から、涙がとめどなく(あふ)れてくる。  いつもなら、彼はそのままアルバムのバックナンバーを乱暴に棚にしまい込んで、去っていく。  だけど、アルバムのチェックを終えると、今日の彼は、何かが()いたように、叫んだ。 「(さなぎ)だった彼女を返せよ」、と。 「彼女は自分で思っていたよりも明るくて素敵で輝いていて、それとは別に、確かに少し、周囲からは浮いていたかもしれない」と。 「けど、どうして、現実は、彼女を殺した!!!」と。 「僕が写真に収めた最も美しい彼女を変えたのは誰だ!!!」と。 「彼女を追い詰めたのは誰だ!!!」と。 「返せ返せ返せ、彼女を(さなぎ)に還せよ」と。 「どうして彼女は、自らを蝶と思い込まねばならなかったのだ」と。 「()になるのは、いけないと言うのか」と。 彼は叫びの最後に、膝を突いて慟哭(どうこく)した。 「…………(さなぎ)のままでいて、()が好きだ、なんて怒鳴って、間違っていたのは、僕の方なんだ。だから、もう一度、あの日の(ちょう)の姿をとった君に会いたい」
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