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伏せられたオミの瞼。
まるでここだけ、時が止まっているかのような錯覚に落ちかけて。
ナオコは慌てて首を振った。
「へっ、返事ば。あとでって」
「それは俺が。ナオちゃんを好きでも、あとが良いん?」
「えっ……」
遮るようにして告げられた、ずっと知りたかったオミの気持ち。
静止する以外の選択肢を、残念ながらナオコは持ち合わせていなかった。
オミの心地良い声が耳へ届く。
「どうせなら。ロマンチックな時に言いたかったから」
「?」
「ほら、蛍」
「! あっ……」
実ったばかりの初恋を祝うように。
辺りを蛍が取り囲む。
「ナオちゃん家。庭に池さあったもんな」
「うん」
言いながら、オミがナオコの顔を覗き込んだ。
「これからは。俺もホタルさ特別になる」
「覚えてたん……??」
「ん?まぁ」
あの時の別れ道。
暗闇を怖がるナオコの前に。突如現れた蛍たち。
以来ナオコは、あの帰り道でしか言葉にしたことはないが。
蛍のことが好きになった。
(覚えててくれたんだ。もう十年も前のことなんに)
「行こ」
「へ?」
「玄関まで送る」
「う、うん…………」
飾った台詞は決してない。それでもナオコを、この十年。女の子扱いし続けたオミ。
「お休み。ナオちゃん」
「お休み。オミ」
木製のドアを背に、オミの顔が斜めに傾き、ナオコの頬へ影を落とした。
両想い。
初恋は叶わないと。
躊躇う気持ちもあったけれど。
勇気を出して、大きく一歩。
踏み出した先で笑い合いたい。
初恋の甘さと愛おしさを噛み締めながら。
『港街。十年想い』【完】
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