港街。十年想い

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 コンクリートの釣り場をあとにし、二人して、漁船が並ぶ脇を通る。 「「……………………」」 (オミ。今何考えとるんかな?)  海側を歩くオミの表情が、ナオコは気になって横を向いた。  華奢で色白。背は決して、とても高いというわけではないが。  170cm近いナオコと一緒でも、見劣りしないスマートなオミ。 (手を繋いでて、こんなにドキドキするん。オミだけよ)  ナオコの手が、ほんのり汗ばむ。 (話したい)  そう思って唇を、開いては閉じ、開いては閉じを繰り返す。 (嗚呼もう!!いつもなら、パパッと話題が思い浮かぶんに!)    ナオコの眉間に皺が寄る。  するとそれが、解っているのか、いないのか。  隣からクスクスと、優しい笑い声が聞こえて来た。 「よく考えたらさ。ナオちゃんが、俺の手取ってくれんかったら。俺さっき変態やったな」 「? 突然何言いよるんよ」  繋がれた互いの手から、精神が基本安定しきりなオミの、温度が伝わり頬が緩む。 (こういうところも、好きなんよ)  どんなにナオコが落ち込んでいても。  喧嘩で気が、荒んでいても。  オミはいつも冷静で。  かと言って、ナオコを鼻で嘲笑うでもなく微笑んでくれた。 「こっ、告白したから。断るわけない」 「いや。【返事貰ってないから繋がん】て、言われてたかもと思っとった」 「そっ、そんなこと言わんよ」  ナオコは極力、口角を上げて応えた。 (オミの手を、断る理由とか思い付かんし)  本当は、ナオコはそう続けたかったが。  告白でだいぶエネルギーを消費してしまったのか。  その言葉は、心の中だけに留まった。 「ナオちゃんは、ソウのことはもう良いの?」 「へっ?」 「ソウに告白さ、された聞いた」 「! しっ、知っとったの?」  突然のオミの告白に、今度はナオコの瞳が大きく見開く。 「こん街で生活してて、知らん方がおかしいし。知っとるのにナオちゃんに言わないのも、卑怯やろ?」  去年の春。  幼馴染みの内の、坊主頭。  ナオコと昔から張り合ってばかりのソウから、彼女は告白を受けていた。 「ソウちゃん。なんて?」 「なんも言わんよ。『フラれた』としか」 「そ、そう……」 (良かった。断る時、オミが好きだからって言ったこと。バレてなかった。まぁ……、ソウちゃんには悪いこと。しちゃったけど……)  空いた手で、ナオコはホッと胸を撫で下ろした。 「良いんよ。ちゃんと話したから」 「偉いな。ナオちゃんも、ソウも」 「ん?何が偉い??」 「誰かに気持ちば伝えるんは、勇気さいると思うから」  オミ越しに。夕紫が、茜色の空の上へ層を重ねる。  心優しい彼ならば、万が一やりはしないかと。  ナオコは路面を見つめ、躊躇いがちに呟いた。 「もし気持ちがないんなら。オミ。無理にオーケーさ、せんでね?」 「せんよ。大事なことだから」  言いたいことを察知した。真剣な眼差しが、ナオコを捉えて離さない。 (オミはただ、私の顔を見てるだけ!なんもやましい気持ちはない!!)  ナオコは自分に言い聞かせる。 (つ、着いた)  見慣れた屋根が見えて来たのを言い訳に、ナオコは繋いだ手をそっと解いた。 「送ってくれて、ありがとうね」 「こちらこそ。送らせてくれて、ありがとう」  振り向きざま。オミの瞳にナオコが映る。 「う、うん……」 (そういうこと。お願いだから、さらっと言わんで)  赤くなってやしないかと、ナオコは頬を手で覆った。  けれどそれすらも、オミには全てお見通しのようで。 「そんな可愛い反応せんで」  線の綺麗なオミの手が、恥ずかしそうに彼の前髪へ触れた。  そしてそのまま。 「ふーーっ」と一息。長く吐かれた溜め息に。  二人の間に緊張が走る。 「「……………………」」  初恋の甘酸っぱさが、すっかり暗くなった夏の夜に溶ける。
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