ト書きのない文学シリーズ3 最高裁判所にて

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弁護士「いよいよですよ、倉田さん。心の準備は出来ました?」 被告人「倉上です。自分なりに、心の準備は出来ているつもりです」 弁護士「一審は死刑、二審では無罪、そして今回、最高裁で倉之助さんの判決が決定します」 被告人「誰なんだその人。倉上!」 弁護士「25年、長かったですね」 被告人「長かったような、短かかったような」 弁護士「どっちなんですか」 被告人「・・・決めないとだめですか」 弁護士「あのですね、長いと短いでは、まったく逆でして、長いとはロング」 被告人「そんなのわかってますよ。私の心境は複雑だってことですよ。弁護士なんだからわかるでしょそれくらい」 弁護士「大事な質問です」 被告人「なんですか」 弁護士「好きな色は?」 被告人「いまここに来て?」 弁護士「好きな色は何色ですか?!」 被告人「いや、突然、色って言われても・・・」 弁護士「そこは白でしょ!無罪の白!!クランベリーさん、空気読んで!」 被告人「倉上!!なんだクランベリーって。日本人でも、人間でさえない」 弁護士「覚えにくい名前なんだもん」 被告人「そんなことない!しかも25年だよ。というか、好きな色なんていまそんなことどうでもいい」 弁護士「は、どうでもいい?今日は最高裁で、白黒つける日なんですよ。それを、どうでもいいってあなた、正気ですか」 被告人「わかってますよそんなこと」 弁護士「いいや、わかってない!25年ですよ。産まれた子供はもう、二等兵になっています」 被告人「なんで自衛隊基準なんだ」 弁護士「今日は、四半世紀をかけた裁判の最後の判決の日なんです。自分が白なら、すぐに、白!と言えるはずだ」 被告人「・・・まあ、そうですね。うかつでした。すみません」 弁護士「私はね、あなたの無罪を信じて、今日は下着も変えて来ましたよ」 被告人「え、下着を?まさか、黒を白に?」 弁護士「トランクスからボクサーパンツに」 被告人「色じゃなく?あんなに色にこだわってたのに」 弁護士「違う!違う違う違う!あなた何もわかっちゃいない。ボクサーパンツ、つまり、闘うための戦闘服」 被告人「そう来たか」 弁護士「私は検事と戦うためにカルバンクラインのボクサーパンツを履いて来たんです。カルバンクラインの」 被告人「ブランドはどうでもいい」 弁護士「法廷は私にとって、四角いジャグルジムなんだ!」 被告人「ジム?ジャングルでしょ」 弁護士「あっ。そ、そういうとこですよ、えーと、誰でしたっけ」 被告人「倉上!!覚えろ。で、何が?」 弁護士「そうやって人の揚げ足を取るとこ!それが最高裁まで来たんです」 被告人「はあ?あなた何言ってるかわかってます?一級殺人罪に問われているのが、私の揚げ足取りだって言うんですか」 弁護士「まぉ、一旦、落ちつきましょ。そこの誰それさん」 被告人「覚える気ないなあんた」 弁護士「ほら、ヤクルト1000でも飲んで闘いに備えましょう」 被告人「いらないよそんなもの。って、どこから出して来たこれ」 弁護士「私があなたの健康を気遣い、今朝、ヤクルトおばちゃんが1000はないですというのを、胸ぐら掴んですぐに本社から持って来い!とケツ蹴って持って来させた貴重な1本です。村上様も飲んでるやつ」 被告人「快く喜べない」 弁護士「1本しかないということは?」 被告人「え?」 弁護士「ここには、2人いますね」 被告人「・・・私はけっこうです。飲んでください」 弁護士「ゴクゴクゴク。おーし、今日もホームラン打てそうな気がして来たぞ!」 被告人「それ野球選手!にしてもなんの躊躇もなく飲むんだ。あんた最初から自分が飲みたかっただけだろ」 弁護士「正解!そこの死臭漂う男の人」 被告人「く、ら、が、み。倉上!名前くらい最後なんだから覚えろ。25年だよ、25年」 弁護士「名前がなんだって言うんですか。薔薇に別の名前をつけてもその芳しい香りは変わらない!バイ、シェークスピア」 被告人「あー、遅いかもしれないけど、違う弁護士に依頼しとくんだったぁ」 弁護士「遅い遅い。今日で終わりだもん」 被告人「私の25年を返してくれ。あんたじゃなければとっくに無罪釈放されてたんだきっと」 弁護士「そうかもしれない!いや、きっとそうだ!」 被告人「認めるな!」 弁護士「でもね、あなたとふたりで闘って来たこの25年開、本当に充実した日々だった。幸せだった。時に泣き、時に怒り、そして時には、月曜から夜更かしを見て、腹の底から笑った」 被告人「プライベートな話はいい」 弁護士「それが、それが今日、死刑宣告で終わってしまう。残念です」 被告人「え、ちょっと待って。死刑って。判決これからだよね」 弁護士「いやね、さっき裁判長とツレションした時、彼が、やっぱ死刑だねって言ってたから」 被告人「ツレションで?」 弁護士「それより、裁判長のチラッと見えたんだけ、すんげえ立派だった」 被告人「わ、私は死刑なのか・・・!無実なのに」 弁護士「言ってなかったけど、一審からずーっとそう思ってた」 被告人「・・・死刑、うっ、ううっ」 弁護士「泣くほどのことかーい」 被告人「じゃあいつ泣くんだよ!今でしょ!!そんなこと言わせるな。それにずっと気になってたけど、なんであんた松崎しげる並みにガン黒なんだよ」 弁護士「日サロ好きだから。いいよぉ日サロ。今度、一緒に行く?あ、だめだ。死んでるんだった」 被告人「テメェこそ黒だ!!」 弁護士「うまいっ!」               【了】
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