1人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
「ん、みか、さん……?」
流石に目が覚めたらしい。眠そうに少しだけ目を開けた優士さんに笑顔を向け、もう一度口付ける。
夢現のままの彼を見下ろしながら下半身に手を伸ばした。何度かキスを繰り返し、緩やかに反応しているソレを直に握り上下に扱く。硬くなった事を確認した後、興奮し濡れ始めた自分の秘部を指で慣らし始める。
準備が完了し、私は意気揚々と優士さんの腹の上に股がった。
それから十数分程1人で楽しんだ。
流石に寝ていたから中に出す事は出来なかったけれど、私と繋がっている写真と動画を沢山撮影できたしこれで良いだろう。
無事既成事実を作る事に成功した。それもこの“おくすり”のお陰だ。
わざわざ演技をしてまで処方してもらった睡眠薬。しっかり仕事をしてくれてありがとう。心中で呟き笑みを深めた。
「えっ、あれ、美華さん……!?」
次の日の朝。
隣で驚いたような声が聞こえ、目を覚ます。
「優士さん、どうしました?」
まだ眠い目を擦りながら身体を起こしかけるが、自身がまだ裸だと気づいて思わずもう一度布団の中に潜り込んだ。
昨日あれから服も着ないうちにすぐに寝てしまった事を思い出し思わず苦笑する。恥ずかしいけど、これで性交渉を匂わせられる。
「昨日はすみませんでした。ベッドまで運んで下さった所まではうっすらと覚えているのですが、その後の事は全く記憶になくて……あの、まさか最後まで致してしまったのでしょうか?」
即座にベッドの上で土下座した優士さんは、困ったような表情で此方を上目遣いで見てきた。
そんな顔も素敵。笑いそうになるのを堪えながら、3日前に手に入れたA3サイズの紙を彼の前にスッと差し出した。
「ごめんなさい。貴方を好きになってしまい、昨夜のお誘いを断る事が出来ませんでした。突然の事でゴムもなくそのまま最後まで致したので、あの、責任を取って欲しいといいますか……」
「……事情は分かりました。無責任な行動をしてしまい本当に申し訳ないです。とりあえず、美華さんは服を着ましょうか。僕はリビングに行ってるので」
言い淀む私に、優士さんは優しい笑みを向けてくれた。
あくまでも自分は誘われた側だという主張を貫く。嘘を吐く事に少しだけ罪悪感を覚えるが、これも私の幸せの為だ。
彼は目の前に置かれたA3サイズの紙ーー婚姻届を持って寝室から消えていった。
服を着てリビングに顔を出すと、大きな窓の側に置かれた黒いダイニングテーブルで何やら作業をしている模様。
「着替え終わったみたいですね。では、此方に座って少しだけ待って頂けますか?」
向かい側の椅子に座るよう促され、言われるままに腰掛けた。
ーー本当に婚姻届書いてる。
ついに私も結婚か。
自分が仕組んだ事ではあるがまさかこんなにトントン拍子に進むとは思っていなかった為、実感がまだ湧かない。
「……さて。では市役所に行きましょうか」
本当に?
このまま本当に結婚できてしまう!?
当然ちゃ当然かもしれないけど、ここまで優士さんから一切愛の言葉はない。淡々と進んでいくことに若干寂しさを感じつつも、部屋を出ていく彼について外へ出た。
その後すぐに近くの市役所に行き、婚姻届を提出した。何だかあっさりしすぎていて拍子抜けしてしまう。
それからカフェで朝食を軽く食べて、再び優士さんのマンションに戻ってきた。大事な話があるからとダイニングテーブルを挟み向かい合って腰掛ける。
結婚したからこれからの事についての話だろう。
新居はここかな? 結婚式とか両家への挨拶とか色々とやる事あるよね。あぁ、これでもう婚活しなくて済むんだ嬉しいな。
などと1人興奮していると、優士さんがにこやかに口を開いた。
「これで晴れて夫婦ですね。“責任”取らせていただきました。これから色々と宜しくお願いします」
「あ、はい! こちらこそ! 何だか実感湧きませんね」
「ですね……あ、でもこれで実感湧くかもです」
スッと優士さんが束になった紙を見せてきた。
「これは……?」
その束を一通り目を通す。驚く事にそれは全部“借用書”と書かれていた。これはどういう時に使う物だっけ、と回らない頭で必死に考えを巡らせていると、優士さんはゆっくりと話し始めた。
「僕、実は今無職なんです」
「……え? でも、プロフィールには大手有名企業に勤めてるって」
「半年前まではね。働きすぎて体壊して、退職したんです」
「そ、うなんですか」
予想外の展開に思考が追いつかない。
ーー嘘でしょ、騙されたってこと?
「貯金なんか全然していなかったせいで、辞めた途端生活が苦しくなってしまいまして。友達は多い方なので、手当たり次第借金してたらこんなに増えてしまったんです」
「へえ……」
「一緒に借金を返してくれるような、そんな女性をここ数ヶ月ずっと探していたんです。責任を取る代わりに、共に頑張っていきましょう」
先程と変わらない、優しい笑顔。
なのに、発する言葉でこんなにも印象が変わってしまうのだと痛感した。
このスムーズな入籍はそういう事だったのか。やっと思考が追いついたところで、目の前が真っ暗になった。
ーーこれが、絶望か。
「逃げようとか考えないで下さいね?」
俯いて黙り込む私に、囁くように言われた言葉。
笑みを深めた優士さんは、誰よりも悪い人に見えた。
完
最初のコメントを投稿しよう!