わすれもの

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「それ、くうちゃんだね。」 香織の声がした。いつの間に帰ってきたのか、通学カバンを持ったまま背後からパソコンの画面をのぞいていた。 「帰ってたの」 「ただいまって言ったけど、返事がなかったからさ。これ、パパのインスタなんだね。」 香織はしばらく画面を見つめると、部屋に戻っていった。長い髪がふわりと舞った。香織の髪の毛はくうちゃんと同じ色だ。明るい焦茶色。高校生に入学する前に無断で染めて来た。美容院に行くお金は与えてはいなかった。なぜ髪を染めたのか、お金の出どころはどこなのか、問い詰めても、香織は答えなかった。いつの間にか私たちは、生活に必要な会話以外行わなくなっていた。 香織の部屋のクローゼットには、見たこともないバッグがある。ブランド物に疎い私だが、あれが高価なものだとはわかる。香織が月々の小遣いやお年玉を貯めたくらいで買えるものではないだろう。 あのバッグをどうやって手に入れたのか。 私は聞く勇気がない。 「香織、晩ごはん、ハンバーグだよ」 パジャマに着替えた香織が出て来た。ほんのりと香水の匂いがする。いつの間にか私が知らないものの気配が、香織の周りにまとわりついている。 いや、そもそも私は香織の何を知っていたのだろうか。
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