わすれもの

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翌日、香織の帰宅は遅かった。帰宅の連絡だけはきちんとしてくれていたのに、ラインにはなんの音沙汰もない。しびれを切らして電話をしようとしたときに玄関の鍵が開く音がした。 「・・・香織! どうしたの」 香織の髪が黒く染まっていた。長かった髪がショートボブに切りそろえられている。 「どう? 似合う?」 「うん・・・かわいいわよ」 「ふふん。あのね。土曜日に、車出して。パパのところに連れて行ってほしいの」 「え?」 ゾッとした。いろんな記憶と感情が冷たく沸騰して、何の言葉にもならずに頭から突き抜けていった。 「ママは、マンションの下まで連れて行ってくれたらいいの。それだけでいいから」 「香織・・・どうして?」 「あー、お腹空いた、ママ。晩ごはん何?」 香織は屈託のない表情で、食卓に着いた。  私は、ほとんど眠れないままに土曜日の朝を迎えた。思い余って父に電話をしても 「香織のやりたいようにさせてあげなさい」 と言うばかりだった。どういうことなんだろう。 「おはよう」 リビングにいくと、すでに香織は私の分のトーストを作ってコーヒーを淹れていた。黒髪の香織は白いTシャツにジーンズを履いていた。いつもだったらカラーコンタクトを入れているのに、今日は化粧もしていない。質素ないでたちだが、手にはあの高級なバッグを持っている。 「香織・・・」 「パパに連絡したら、10時くらいに来てほしいって」 「電話番号知ってるの?」 「インスタにDMしたんだよ。便利だよね。余計なこと教えなくていいもん」 香織は鼻歌を歌いながら皿をシンクに持っていった。
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