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夫はいつも無言で帰ってきた。インターフォンは鳴らさず、自分でカギを開ける。
カギが開く音を聞き逃してはならない。私は息を詰めて、じっと玄関に向かって意識を集中していた。
恐ろしく長い時間だった。永遠とも思えた。ガチャリとカギが開いてドアが開く音がするその瞬間に
「おかえりなさい」
と声をかける。これ以外のタイミングは許されない。夫は無言のまま寝室にむかい、着替えてから食卓につく。並べてある料理を眺めてから一言。
「緑黄色野菜がないね」
ああ・・・と思う。やっぱり私はバカだったんだ。
食事自体は和やかにすすむ。私はどこまで買物に行ったのか、何が高くて何が安かったのかを一生懸命話す。夫はお昼のお弁当の感想と、香織の服装が可愛らしいことをほめる。香織の服を購入するのは夫の趣味の一つだった。私は夫の帰宅に合わせて、服を着せ替えていた。
食事が終わると夫が風呂に入る。その間に皿を洗ってキッチンを片付けて、香織を寝かしつける。香織が眠ると、私はリビングで読書をしている夫のもとに向かうのだ。
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