わすれもの

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「緑黄色野菜と淡色野菜の違いって、なんだか知ってる?」 「いいえ」 家庭科の授業で習ったような気もする。でも、あやふやなことを言ったら怖いことになるから、分からないと言った方がまし。 「君、お母さんになったんだから、どんな食材に栄養があるかくらいは知っておかないとね」 「はい」 「緑黄色野菜はね、100グラムあたりにカロテンが600マイクログラム以上含まれている野菜のことを言うんだよ」 「はい」 「カロテンってなんだか分ってるかい?」 「いいえ」 はあ、と夫は大きなため息をつく。私がバカだから。何も知らないから、いつまでも寝られない。夫の睡眠時間を私が削っている。 申し訳ない。心からそう思っていた。  ウィークデイはまだいい。 休日は、針のむしろ。いや、自分がハリセンボンになった気がする。全身に夫の感情を察知するセンサーが張り巡らされた感じだ。 朝食はトーストと目玉焼きとサラダ。それに野菜スープをつける。夫を起こしに行くのは娘の香織。それまでには洗濯も済ませておかなければ。 平日よりも洗濯の時間が早くなる分、私は早く起きていた。 夫が朝食を食べ始めると、私は心の中でほっと溜息をつく。ここまではクリアした。 その時香織が言った。 「ママ。チョコレートソースがほしい」 「え?」 「お休みの日はチョコレートのパンって言ったよ」 え? そうだったかな。 「ああ。そうだったね」 夫が静かに言う。私の背筋が固まる。 「テレビでパンケーキの店を見たんだよな。それで、休みの日はチョコレートソースをかけたパンにするって、確かに約束した」 そうだった? そうだったかな。 「ママはうそつきだね。分かった。パパがチョコレートパフェを食べに連れて行ってあげよう。香織、着替えなさい」 「え?」 香織は戸惑った顔をして私と夫の顔を見た。 「それは部屋着だろ。よそ行きのワンピースに着替えて。」 「・・・はい」 香織は、おとなしくなって、着替えに行った。 「娘との約束を忘れるなんて、最低だな」 夫はそう言い捨てて、香織と連れ立ってチョコレートパフェを食べに行った。私が独身の頃、よく同僚と仕事終わりに行っていた喫茶店『SWEET』にちがいない。 私が夫に教えた店だ。 私と夫は職場結婚だった。 夫は、こんな素敵なお店を教えてくれてありがとう、と私に言ったのだ。
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