わすれもの

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翌日、受付の業務を終えると、私は窓口用の紺色のカーディガンをロッカーに片づけて、薄手のジャケットを羽織った。仕事と通勤で区別しているのは上着くらいだ。 院長と衛生士さんに退勤の挨拶をしたあと、急ぎ足で喫茶店『SWEET』にむかった。二十年前から全く変わらない老舗の喫茶店だ。名物はチョコレートパフェ。元々は吉野さんに教えてもらったんだったなあ。 喫茶店のドアを開けると、店内は込み合っていた。でも吉野さんの姿は一目でわかった。私と目が合うと、手を振ってくれた。テーブルをはさんで吉野さんの前に座っていた若い女の子が振り向いた。 この子か。 全く見覚えはない。 「久しぶり、元気だった?」 吉野さんが声をかけてくれた。 「お久しぶりです。五年ぶりくらいですね」 ラインのやり取りをしていても顔を合わせるのは本当に久しぶりだった。元気な笑顔はまったく変わっていない。 「何考えてるか当ててあげようか」 「当ててください」 「老けたなあ、でしょ。お互い様だからね」 ふふふ、と笑いがこぼれる。本当に何も変わっていない。 私たちのやり取りを、間に挟まれた形になった女の子は困惑した表情で見ていた。 「ああ、ごめんなさい、この人が佐藤さんの元奥さん、今は島田さんね」 吉野さんが言った。久しぶりに夫の名字を聞いて、一瞬心臓がバクンと大きく鼓動した。どういうことなんだろう。
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