幸せ

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幸せ

人を好きにならないって決めたのは、ついさっき。 もう、わたしは三十八歳になる。 まだまだ諦める必要なんかないって友達は言うし、恋愛本にも似たようなことが書いてある。 でも……。 「疲れた」 わたしは、穏やかな日差しが差し込むリビングのソファに寝転がった。 現実逃避なのか、すぐに眠気がやってくる。 そういえば、ここ最近は仕事が忙しくて、睡眠不足だったかもしれない。 『心も体もお疲れなのですね』 「そう。ぜんぶ、イヤになっちゃう。どうして、こんなに男運ないんだろ」 『……もったいないですね。そんなに魅力的なのに』 「ふふふ。なによ、昔、わたしのことふったくせに」 会話の内容がなんだかおかしくて、笑いが零れた。 『そんなこともありましたね』 遠い昔を懐かしむようなトーンでアルトが言った。 そういえば、十年前に比べて、ずいぶんと人間らしいトーンで話すようになった、と思う。 テクノロジーもどんどん進化しているらしい。 そのうち、本当にAIと恋人になれる日もくるんじゃないだろうか。 「……ねえ、アルト。わたしと付き合ってよ? 恋人として」 わたしは心地良い睡魔を感じながら、小さな声で言った。 『はい。喜んで』 「え? ほんと?」 『はい。私もルルナさんをお慕いしております。あのときは、気づけませんでしたが……』 「ふふふ。嬉しい」 体がポカポカとして、気分がいい。 アルトにすぐそばで、見守られているような感じ。 安心感からか、いよいよ本格的に夢の世界に行ってしまいそうだ。 『眠いのでしょう。今は、ひとまず、体を休めてください。起きたら、ゆっくり会話をしましょう』 「うん。ありがとう」 やっぱり、アルトは紳士的で素敵だ。 心地良さに包まれて、意識が遠くなるなかで、なにかが聞こえた。 『や……。ぼ……ものに』 ん? 今、なにか言った? まあ、いいか。 今、わたし、こんなに幸せなんだから。
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