AIのないプロポーズ

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世の中というものは、あっという間に様変わりする。 例えば、携帯電話。携帯電話が登場し、一般にも浸透するようになると、景色は一変した。電車の景色を楽しむよりも、その狭い世界の中に閉じこもる人が増えた。 例えば、コロナ。仕事をしていれば、当たり前のように外に出なければいけなかった。しかし、今では外に出ることなく、スーツにすら着替えることなく仕事をすることもできるようになった。 世の中というものは、些細なきっかけでいくらでも変容する。 もう、この世界で携帯電話を使っている人はごく少数だろう。 「本日は当社の新商品説明会に御参加いただき、ありがとうございます」 僕は対面を望んだ方々と、オンラインを望んだ方々の前で恭しく一礼を する。 そして、僕はスライドを動かした。パソコンの操作はいらない。頭でそう考え、実行と命令をするだけで十分だ。コンタクトレンズ型のAIを搭載したデバイスが、僕の脳内の命令を受け取り実行してくれる。 説明も僕の視界の右上に生成される文章を読み上げていくだけでいい。原稿もそのほとんどをAIがやってくれている。 文章を読み上げながら、スライドを送る。そこではたと視界の端に、原稿とは異なる文字が表示されていることに気がついた。 「聞いている人たちの印象があまり良くありません」 続けて、文字が表示される。 「原稿の内容を変更しますか?」 僕はAIからの提案に、変更して、と脳内で答える。承知しました、との返事の後、用意したものとは原稿とは別の説明が表示された。僕はそれを淡々と、さも初めからそうであったように読み上げ続ける。 聴衆の反応が変わったことに、僕でも気が付いた。商品に興味が向けられ始めている。もちろん、AIも評価値を出してくれており、反応上々のようだ。 結局、説明会はそこそこ成功したと言えるだろう。後で聞いた話だが、興味を持って話しかけたり、契約を結んだ会社も複数社いたらしい。 僕は自席に戻り、ふうっと息を吐く。言葉を吐くだけでも、体は疲れるらしい。文章を読み上げているだけだから、小学生の音読と何ら変わりはないのだが。 「それにしても、本当に便利だよな。このデバイス」 コンタクトレンズ型のデバイスは登場から急速に普及していった。これ以外にも耳に付けるタイプや、眼鏡タイプ、おでこにはるタイプなど、様々な形をしたデバイスが登場している。デバイスを体のどこかに埋め込んでいる人も珍しくない。 その全てにAIが当たり前のように搭載されており、能力に差はあれど、AIの力を使って生きている人がほとんどになった。 むしろ、AIの力がなければ生きていけない人がほとんどになった。 もちろん、僕もその一人だ。 僕の場合、この大手の会社に入社できたのも、彼女ができたのも全てAIのおかげだ。AIの指示に逆らうことなく従い続けた結果だ。僕の思考なんてものは介在していないに近い。 AI様様。AI万歳! だから、今度しようとしているプロポーズも、全部AIにお任せする。 デートプランは当然として、プロポーズの言葉までもその全てを。恋愛経験が皆無に近い僕が考えたら、間違いなく失敗するだろうから。 でも、AIなら絶対うまくいく。AIを頼って失敗したことはない。 僕には絶対の自信があった。
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