ある願いの顛末

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ある願いの顛末

僕の話、聞いてもらっていいですか? ……有難うございます。僕の話を聞ける人ってなかなか居なくて、寂しい思いをしていたんです。 だからこうやって僕の方を見て頂けるだけでも、もう有難くて仕方ないというか……すみません、前置きが長いですね。あまり長々と引き留めてしまうとご迷惑をお掛けするでしょうし、かいつまんで、僕が聞いて欲しいことをお話します。え?どこかに投稿してもいいかって?あ、まあ、場所が特定できないようにして頂ければいいですけど……それほど面白味のある話ではないですよ。 もういつの話だったか……時期は曖昧なんですけど。当時、SNSで『一生に一度だけの願いを必ず叶えてくれる神社』が話題になったんです。誰が言い始めたのかは分かりませんが、神社の事が一度大きく話題になると、次々に体験談が投稿されて。僕がその神社の事を知ったのは、流行りが少し落ち着いてからだったと思うんですけど、連鎖的に投稿された体験談を読んで、とても興味を持ったんです。なにせ、どれもこれも結構な長文で、具体的に叶った願い事の事が書かれていたもんだから、つい信じたくなる魅力を感じたんですね。 その当時、僕には叶えたい願いがあって。ただ、『一生に一度だけ』となると、さてどう願ったものかと悩む内容で……僕には、解決したい問題がたくさんあったんです。真っ先に挙げるならお金の問題。首くくる程じゃないですがそこそこの借金があって、早めに返済を終えたくて。払えない額ではなかったんですけど、やっぱり毎月の返済って地味にメンタルにくるじゃないですか。……意外ですか?これでも元は結構俗世的なんですよ。 他にも、年齢的な事とか。健康不安とか。あと、一番は親の介護問題でしたね。一人っ子で頼れる兄弟もいなければ、親戚付き合いもあまりない家だったんで、一人でどうにかするしかなくて……一応仕事はしていたんですけど、正直、収入も心元なくて。当時は増税増税で、どんどん手取りが減っていっていて……あぁ、このあたりは、あとで当時の事を調べて頂いたら、色々出てくるんじゃないですかね。今思えばあの辺の事が政権交代の……って、それはもう僕には関係ない話でした。 それで、僕としては、諸々の問題を一気に解決したかったんです。もちろん一番最初に思いついたのは「大金持ちになりたい」でしたけど、健康はお金では買えないですし……願い事が決まらない状態でしたが、たまたまタイミング良く有給消化が出来そうだったので、旅行の計画だけ立てました。願い事を叶える神社・仮にK神社としましょうか。これも名前を出してしまうと、今の僕としては上から怒られちゃうので。調べたら分かると思うので、興味があったらこれも調べてみてください。ちなみに今は無いですよ。だから僕がいるんですけど……それはどうでもいい話でしたね。 K神社へは、新幹線を使って向かいました。流行りとしては既に落ち着いていたはずなので、そこまでの行列は想像していなかったんですけど……甘かったです。適当に昼前に到着してみたら、もうズラーっと参道沿いに列が並んでいて。僕はほぼ、最後尾につきました。後ろに何人かカップルとかご夫婦とか並んでいましたけど、なかなか進まない列と、どんどん沈んでいく日差しを見て、諦めたように離脱していく方が多かった気がします。あぁ、懐かしいですね。参道から覗いた夕焼けは、綺麗でした。 有給を取ったとはいえ、あまり余裕のある日程を組んでいなかった僕は、そのまま列に並び続けました。時刻は夕方の十六時半も過ぎてきて、あぁこのままでは、辿り着く頃には社務所が閉まってしまうかな……と少し焦りも覚えました。お守りくらいは買おうと思っていたので。 その矢先、前に並んでいた参拝客がゴッソリ列を抜けたんです。どうやらご老人たちが旅行で来ていた塊だったらしく、全員が、腹を空かせたのか疲れたのか、生理現象が我慢出来なくなったのか分かりませんが、まとめてゴソッと列を抜けたんです。わぁ、ラッキーだ、と率直に思いました。社務所が閉まるギリギリの十七時前、僕はやっとの事で、K神社に参拝する事が出来ました。残念ながらお守りを買う時間はありませんでしたけど、まあそれはいいです。オマケみたいなものでしたから。 ほぼ午後いっぱい列に並んでいる間に、願い事は決めていました。 ふふ、なんてお願いしたと思います?一生に一度だけ、そして僕が抱える問題を一気に解決する方法。当時の僕は、これは妙案だと思っていたんですけど、今思えば、なんと愚かな願い方をしたのかと思いますよ。もう、取り消せないので、後悔を考えることは止めましたけどね。 僕が願ったのは、『魔法使いになりたい』でした。あ、今、小馬鹿にしましたね。いえ、いいんです。僕も自分で言っておいて、ちょっと失笑が出てしまいますから。ただ、僕にとって問題を全て解決することは、それこそ御伽噺に出てくる魔法のような力がないと無理だ、という結論に達していたんです。そう考えるくらいには、自分の願いは強欲で、とてもじゃないですが安易に叶うものではないと、考えていました。 ただ、願い方だけは少し考えたんです。よく言うじゃないですか。神様へのお願いの仕方には作法があったり、手順を踏まなければ正しく伝わらなかったりするって……代表的な例とすれば、自分の名前と住所を神様に告げなければ、願いが届かないとか。こういう作法、妙に事務的で面白いですよね。そこだけ会社みたいで。だけどね、やってみたら分かりますよ。我々も帳簿をちゃんとつけているので……会社的に言えば、稟議書みたいなものもありますし。願いが叶うかどうかって、アレに近いです。内定とか、不採用・採用を伝える通知書みたいなものとか。その場で審議はかからなくて、後から話し合いの結果、合格が出れば、願いを叶えることになって……あっ、すみません、これ以上この件は話せないですね。今ビリッときました。あとが怖いんでやめときます。 で、僕の願い方でしたね。もちろん原初の願いは「魔法使いになりたい」なのですが、言い方を変えました。「願いを叶えられる存在そのものになりたい」と願ったんです。神様になりたいとかじゃなくて、「願いを叶えられる存在そのもの」です。頭に「他人の」とか「自分の」とつけなかったのは、誰の願いでも叶えられる状態になれるよう、わざとつけませんでした。僕にとっての魔法使いというのは、結局のところ、知恵や知識、他人から見れば未知の力を使って、困りごとや願いを解決するような存在です。でも、出来ない事は出来ない。全知全能、万能ではない。これって、魔法使いも神様も、結構似たような存在だと思いませんか?だからあえて、線引きを曖昧にしました。K神社の神様がどう解釈するか、そこは賭けだったんですけど……僕としては、もしも願いが叶うとして、どういった形で実現するのか、そこにも興味があったんです。神様というものは、結構荒々しく願いを叶える事がある、と言うじゃないですか。その過程は苦しくても結果が伴えばOKみたいな、ちょっと雑さが……おっと、雑はちょっと不敬でしたね。なんというか、結果主義みたいなところがあると思うので、どう返ってくるのか、ちょっと期待しました。 とはいえ、参拝者の願いが全て叶うならとんでもない事なので、あくまで楽しい夢をみるために願掛けをした、その程度に受け止めるようにしました。あまり期待しすぎても、現実とのギャップがしんどくなるばかりですからねねねねねねねねねねねねねね そそそそれで、短い行程の一人旅はあっさささり終わって、僕は帰路につきました。もう暗いからお帰りなさい。一人暮らしのアパートに着いた頃にはすっかりよよよ夜は危険ですので早めに鳥居からお帰りください疲れてしまっていて、その日はさっさと寝ました。それから数週間、特に変化もなく、僕の目の前には相変わらずの日常と、解決しない問題が佇んでいるだけでした。正直「何かちょっとでも変わるかも」なんて期待してしまっていた分、ガッカリした気持ちを持ってしまうのも、ニンゲンの心理としては仕方ないと思います。まあ、少しの間、夢想に耽られただけでも、楽しかったかな。なんて、前向き前向きに考えました。 でも、先ほど話した通り、願いを叶えるかどうかの通知は、後日くるものなんです。当時の僕はそんなことも知らなかったので、もうすべてが後から気付いたことばかりで、もう戻れない。取り戻せない。嫌だ。助けて。事の始まりは……確か、妙に体が元気になり始めたことからだった、でしょうか。仕事がわりと激務だったので、食事も睡眠もちゃんと取らない日が続くこともままあったのですが、そそそこそこ気付くと悪かった生活習慣が良くなっていたりして……あれ?なんだか妙に体力があるな?と思い始めました。落ち込みがちだったメンタルも妙に前向きというか、以前だったらイライラしていた事柄にもおおらかに対応出来るようになった自分を発見したり、なんだか本当に、急に自分の心身に余裕を感じるようになってきました。 そうすると自然、仕事にも素直に打ち込めるようになって、社内の評判も上がっていきました。人間関係も、少し苦手な部分だったんですけど、いつの間にか分け隔てなく、どの人とも朗らかに話せるようになって。社会人になってから、他人と関わって「楽しい」と感じたのは、あの頃が初めてだった気がします。 こうなってくると、親の介護問題に向き合う気力も湧いてきました。有難いことに、職場に介護問題について詳しい人がいたので、アドバイスを受けつつ、今後の準備をしていく事も出来ました。人々の助け合いの精神は尊く、愛すべきものですね。これは僕らにとっての活力にもなります。祈る力が僕たちの力になるのです。元々の僕には両親の老いと向き合う勇気もありませんでしたが、今こうして僕の話をアナタが聞いて下さるように、当時の僕の話を親身になって聞いてくれる人も増えて……支えが、増えていったんです。この頃にはすっかり、K神社に参拝した事は忘れていました。なんだか妙にすべてが上手くいきはじめているな、もっと頑張ろう。それくらい簡単に、目の前のことに夢中になっていきました。 そうしてある程度自分が抱えていた問題に解決の糸口が見えてくると、ヒトって落ち着きを取り戻していくもの……というよりは、今までが、自覚なく焦っていたんだなと気付くものなんですね。余裕を得た僕の元には、ぽつぽつと、相談事をしてくる人が来るようになっていました。最初は気軽なもの……例えば、最近ちょっと体調不良が続いてて、とか。夢見が悪くて、とか。ウンウンと話を聞いていると、フと、直感のように、『この人には、これが必要』とか『この人は、こうした方がいい』という考えが浮かぶようになったんです。正直、最初はただの思い付きの範疇だと思いましたし、本気で悩んでいるニンゲンを相手に、真摯にアドバイスをしたとして、その後の責任を取れるのか?って考えたら怖くて……当初はなかなか神託を伝える事が出来ませんでした。 そうして悶々とした葛藤を抱えながら過ごす時間も出てきた頃、職場の後輩の一人が、妙に休みがちになりだしました。この後輩は、人懐っこくジョークも得意で、仕事はそこそこでしたが場にいると空気を和ませる才能を持った、所謂愛嬌のある良いニンゲンでした。だから僕は彼を食べました。僕は先輩としてそれなりに彼を買っていて、休みがちになった彼を心配し、個人的に何度か連絡をしたのちに、なんとか食事の約束を取り付けました。悩みがあるなら話してくれ。これは俺個人でやってる事で、会社には一切何も言わない。ただ心配なだけだから……と真剣に伝えたところ、彼はいくらかの沈黙を挟んでから、実は社内でいじめに遭っているという衝撃の告白を口にしました。社内には、もちろん、何人か問題があるニンゲンはいますが、まさか周りに可愛がられているとばかり思っていた後輩が、見えないところで嫌がらせを受けていたなんて……それも、会社に行きたくなくなるほどのいじめを受けていただなんて、とてもじゃないですが信じられませんでした。天罰。しかし、不思議なことに、頭では受け入れきれていなくても、僕の脳裏には、後輩が受けてきたであろう罵詈雑言や嫌がらせの数々が、走馬灯のようにカラカラと音を立てながら流れました。理由なく、後輩のことを信じてあげたい。出来れば、救ってあげたい。そう思った僕の口からは、自覚なく、こう言葉が漏れ出ていました。 『願え。君は、どうしたいか。願い、伝えろ』 後輩はキョトンとした顔をしてから、クシャリと顔を歪めて、言いました。 「僕は仕事を続けたいです。だから、あいつらを、僕にちょっかいかけてくるやつらと、縁を切りたい。切りたいです。お願いします。」 僕は後輩の願い方を目の前で見て、唖然としました。その姿はまるで……神社に参拝しているニンゲンそのものの姿だったんです。僕に向ける視線も、口調も、「先輩」ではなく、「神頼み」をする時の様子そのもので……僕は急に怖くなりました。後輩の目には一体何が映っているのか、怖くて、彼の大きなクリクリの瞳を見る事が、出来なくなりました。 食事をほどほどに終え、後輩とはそう夜も遅くない時間に別れました。 別れ際、「本当に辛かったら、無理して会社に来なくても大丈夫。まずは自分の健康を第一に考えろよ。他はあとでどうにでもなるから。お前の席は、俺が守っておく」と、長々と、言葉をかけてしまいました。かっこつけもいいところですよね。でも、後輩は、どこか安堵した表情で、一言お礼を述べて去っていきました。 翌日でした。僕が出勤すると、社内は今までにないくらい騒がしく、全員がどこか浮ついた表情で、とにかくバタバタと社内を駆け回っていました。全部僕がやったんです。僕は身近にいた社員一人を捕まえて、何があったか聞き出しました。すると社員は顔を青ざめながらも、「その、まだ全容は分からないんですけども、」と前置きしながら、端的に状況を教えてくれました。 まず、社内で自殺を図った者がいました。しかしよくある吊るためのロープもなければ、血痕もなく、今は警察を呼んで現場検証中との事でした。場所を聞いてみると、普段あまり使われていない第四会議室の中で倒れていたようでした。第四会議室の向かいには給湯室があるので、早めに出勤した社員が朝の一杯のコーヒーを淹れようと向かった先、閉められていたはずの会議室のドアが開いていることを不審に思っての発見……がどうやら経緯のようでした。第四会議室は、後輩が上司に度々呼び出され、ありもしないミスをでっちあげられ、ひたすらに罵倒を受けていた「上司の隠れ家」です。 その後も、次々と、社内の問題が連続で発覚しました。不倫、横領、詐欺、取引先との忖度……その全てのニンゲンに、僕は覚えがありました。後輩から流れてきた映像の中に出てきた人物が次々と会社からいなくなっている。普通なら、気味の悪さを感じるところでしょう。けれど僕が感じたのは、ただひたすらに純粋な安堵でした。これで後輩は、またきっと会社に来れる。ひとつ仕事が終わったような……そんな気すら、していました。 後輩は無事に、安心して会社に来れるようになりました。同時に、後輩は僕に恩義を感じたのか、といっても僕は悩みを聞いただけですが、それでも彼なりに何か思う事があったのか、あからさまに僕に対して懐くような、いや、もはや「信奉者」とでも表現したくなるほど、ひたすらに僕を崇め始めました。周りがそれを変だと思うのは自然なことで、しかし僕に直接事情を聞きにくるのではなく、皆、後輩に事の顛末を聞きに言ったようでした。 後輩が何をどう話したのか分かりませんが、僕の元へ相談にやってくるニンゲンは日に日に増えていき、仕事もままならなくなってきました。しかし僕は苛立ちを覚えることもなく、むしろ相談事を請け負うことが僕の仕事である、とすら思い始めて思い始めて思い始めていました。不思議なことに、上司も僕の勤務態度には一切口を出さないどころか、専用の相談室まで用意してくれるようになり、業務時間の大半は、悩みを抱える人々の言葉を受け止め、記録することに時間を費やしていくようになりました。おかしなことに、社員限定だった参拝が、いつの間にやら、誰でも僕の元に来れるようになっていたんです。 そのうちに、僕の会社は小さいながらも自社ビルだったのですけども、『屋上に社を建てたから、是非そこに移って欲しい』とお願いをされました。社に移れと言われても、僕はニニンゲニンゲンです。家もありますし、親の事もまだすべては解決していないですし、仕事もあります。社に、と言われましても……とやんわり拒絶をしているうちに、所謂神職……神主さん?宮司さん?でしょうか。そういった方々が複数人でいらっしゃって、けれど兎に角最初から最後まで平身低頭、僕には一切の失礼を見せず、しかし絶対的な力で、僕を社に導きました。あれは不思議な体験でした。祝詞、というのでしょうか。正直何を言っているのか”僕”には分からないのですけども、体が勝手に導かれていくというか、彼らの言葉を受け入れていくんですね。だから僕は、この辺りでもう「そういうものになるのか」と悟って、社に鎮座することにしました。 社は、僕には勿体ないくらい、立派なものでした。新しいことは当たり前に、ビルの上に建てても大丈夫な程度に大きさを抑えた、鳥居まで建てて頂きました。社の内部も綺麗で居心地が良く、ビルの屋上自体も、元々は緑化計画に基づいて様々な花や草木、少々の菜園とベンチも設置されていたので、言ってしまえば小さな小さな神社の出来上がりとなりました。神職の方は、僕に鏡を勧めてきました。これが一番良いと、それだけを言われましたが、不思議とスッと飲み込むことが出来て……僕は鏡に住むことにしました。そうしてしめ縄が掛けられ、僕は、神様になったんです。中小企業が所有する古びた自社ビルの屋上に鎮座する、元社員が変容した神様、です。 僕が願ったこと、覚えていますか?そうです、「願いを叶えられる存在そのもの」です。叶ったんですよ。残念ながら、体験談として投稿は出来ない状況ですけど……って、あぁ、あなたが代わりに書いて下さるんでしたっけ?そうです、場所が会社の所有物件の上なので、なるべく大事にはして頂きたくなくて……先ほども申した通り、K神社は既に無くなっているんです。だからこそ余計に、僕のような存在は、地元レベルの噂に留めておいて頂かないと、色々と不都合が出ますので、お願いしますね。 そろそろ、陽が落ちますね。長く引き留めてしまってごめんなさし。話聞いてくだださり、ありがとうございました。すこし、すこし思い出して、僕が僕であれた時間。遠い時間。すこし、つたわっていたら、うれいし。とうさん、かあさん、どしたか。夜になります、早く出てください。鳥居の向こうまで行けば……K神社が無くなった理由ですか?最後に?もう時間がないので端的に、ごめんなさい。彼は食べなかったからです。早く帰りなさい。さようなら。
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