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「奥様の花嫁様がご希望されていたドレスが当日、着ることが出来なかったのです」
その言葉が、新婦の写真に覗える悲しみの全てを物語った。
悲劇の始まりは今より一年半前―――、結婚式の計画の最中、花嫁の実家が火災に見舞われたことから始まった。
隣家から燃え広がった炎により建物は全焼し、寝入っていて逃げ遅れたご両親は焼け跡から無惨な姿で発見された。
亡くなったご両親の葬儀や諸々の手続き、焼け跡となった家の片付けで式は当然のように延期―――。プランの練り直しなどもあって一ヶ月前に何とか挙行されたものの、花嫁が着たがっていたドレスは前に借りた別のカップルの式にて破かれ、修繕が間に合わずに着ることが叶わなかったのだという。
「宮野様の仕事の兼ね合いやご両家の都合もあり、あれ以上の式の日程変更は出来ませんでした…。類似のドレスで当日は間に合わせましたが、奥様の悲しみは相当で…」
悔しさを滲ませる澤井様に、相模は只々静かに頷いた。
「無理は承知でお願いします。羽田さんから相模さんなら何とか出来るかも知れないと聞いて…!」
彼は藁にも縋る思いだった。
せめて、写真の中だけでも悲劇に見舞われた花嫁の望みを叶えてあげたい―――…。
その切実なる願いに相模は今一度、深く頷いた。
「ご依頼はドレスの編集だけでしょうか?」
「えっ?」
思わぬ質問に澤井様は面を食らった。
相模は慈悲深い笑みを浮かべ、そっと折り鶴に隠されていたマイクロSDカードを手に取った。
「結婚写真は、一生に一度のお写真です。美しい想い出をお届け致しましょう…」
そう告げた彼は、皺一つ無いワイシャツの胸ポケットに差していた眼鏡を手に取り、まるで命を懸けた戦いに挑むかのように、その目付きを変えた。
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