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夏海ちゃんと イルカの話
昼ご飯から戻ると、ママと同じ歳の優子さんが走って来た。
「青のイルカさんが明後日までに35箱追加らしいわよ。」
「え。亀は。」
「亀さんの話は聞かないなー。デザインはソコソコなんだけど。顔と模様がグロイでしょ。アレ」
ハイハイ。これでイルカ班は21時まで残業決定ね。 まぁ。字面はのどかだけど、1800個近い巨大なイルカを愛らしく仕上げるのは結構時間がかかる。
「ねぇ。夕ご飯はLLピザでいい?」
優子さんはこういうことには恐ろしく速い。
「夏海さんは、実家でご飯じゃ無いのネ。」
「夏海さんのママ、林檎一袋と、お豆腐、イナダのお刺身を柵で買ってたわよ。」
うるせー。僕のママはいつの間にかコノ会社の有名人で、優子さんとその一団にはウチのご飯の全てをチェックされている。
「ピザはハワイアンとシーフードに、トリプルチーズと和風餅入りでいい。食べる人。」あちらこちらから20数人の手が上がる。
優子さん、挙手は残業できる人じゃないんかい。まー。どっちでもいいけどね。
青いイルカは1メートル20センチくらいある。白とブルーが鮮やかで、背中の背ビレもでっかいし、唇も 小ぶりの尻尾も愛らしい。ねー。永遠の定番商品だな。 同期入社の奴らが、竜宮の使いをキャラクター化する中 僕のヒット作は大体、こんな感じだ。今の僕はお給料と相談しながら 次は鯨にするか、オットセイの座椅子にするか迷っている。
はっきり言ってこのイルカも、抱き枕かクッションか。ココを追い出されたら実は寝具メーカーの面接を受ける準備まである。
「夏海ちゃんとご飯食べるの久しぶりよね。麦茶とサイダー。どっちがいい。今なら皆で注いであげるわよ。」
その日の夕方、このイルカには更に60箱の追加注文が入った。夏色の海に、夏色の空に、青いイルカが駆け廻る。ママ。僕の人生は今、イルカ色だ。
で、何だって。青いイルカが売れまくっているらしいわよ。2つ向こうの街のトレンドは、でっかいでっかい青いイルカなんだって。NETにTVに新聞まで、この頃のニュースはココ1週間程この青いイルカで持ち切りだ。電車の中にはコノ青いイルカを抱きしめた、高校生に中学生の集団までいる。
「まぁね。売れた商品が一番尊い。って話ね。」
「やーだ。そんな身も蓋も無い。」
それでも僕は3ケ月程21時までの残業を続けた結果、遂に独り暮らしのマンションを引き払い 再びコノ実家で朝ご飯を食べることになった。ご飯と日替わり味噌汁。サバとアジと烏賊。イワシも食べな。
いや。別に僕がイルカじゃ無いんだからさ。でも、初めての初めてのヒット作だ。
「ママに感謝しな。」
優子さんをはじめとするママーズ集団。パートのお姉様方はアノ日以来、めちゃめちゃ僕に優しい。
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