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「存在しなくなるって、それで……」
手の中で、冷たかったはずの缶コーラが、どんどん温まっていく。
「それでいいんだ」彼が、私の言葉を制して、きっぱりと言う。
「元より僕は、未来でも死のうとしてたんだし、どちらにしても存在はもうしないんだから。僕の役目は、ここまで。だから、ありがとうね……お母さん」
「待ってよ、勇気……!」
今にも消えそうになる姿を引き止めようとするけれど、
「今日は、本当に楽しかった。あなたを助けられて、よかったよ。じゃあね、バイバイ……」
声だけを残して、彼の姿は手をかけていた欄干からすぅーっと消え失せた。
「こんなのって……」
歩道橋にうずくまり、完全に温まってしまった缶を握りしめて、私は嗚咽を漏らした。
──そうしてその運命の一日から、刻が過ぎて、私は就職をした会社で知り合った夫との間に、子供を身ごもって今まさに出産をしようとしていた。
生まれたのは、男の子──彼の名前は、もう決まっている。
──勇気、今度こそ一緒に、幸せになろうね。
終
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