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介抱
ふと目が覚めて見えたのは、黒い天井の太い梁。
相変わらず力が入らない全身に、再び絶望。
「父ちゃん!目が覚めたみたい!」
横から小さな男の子の声が聞こえる。
5歳下の弟がいたな。今頃は王太子に祭り上げられているだろう。
俺など最初からいなかったかのように。
「死んだかと思ったが、意識はあるな」
俺の首に手を当てて脈を確かめる元騎士団長ノアルド。
「どういう状態で連れてこられたかは、あいつらに聞いた。マジでやばかったんだぞ?少しずつ食べれるようになろうな」
そう言って、いい匂いのする薄いスープを俺の口に持ってくる。
急に味が入ってきた俺の胃は、ゴボゴボと音を立てて拒否。
「お父さん、いきなりスプーンからいっちゃダメじゃない!」
若い女の声。誘われるように目玉だけを向ける。
「口に塗る感じでこうよ」
スプーンの腹についたスープを、カサカサになった俺の唇に塗りつける。
赤みの強い長い髪、深紅以外は受け付けないかのような大きめの瞳が目の前に迫る。
思ったより若い。妻にするには若すぎないか?騎士団長。
「違うからな、俺の自慢の娘トーコだ。当分彼女がお前の世話をするが…手を出しやがったら殺す」
俺の顔にでも書いてあったのか、殺気と一緒に睨まれる。
「ノア!ちょっとお願い!」
「おう」
呼ばれてどかどかと部屋を出ていく音。
…手を出すも何も、俺のこの状態が見えないのか。
まあいい、このまま死んだって誰も困りはしない。
諦めて再び目を瞑る。
「悔しくないの?」
「うぐっ」
容赦無くスプーンを口に突っ込んでくる。
「あんな扱いされて。私なら悔しくて意地でも生きてやる!って思うわ」
俺が生きていようが死んでいようが、王宮はなんとも思わない。
「!あなた耳どうしたの?血が出て…うわぁ化膿してるわ、ちょっと待っていて」
パタパタと部屋を出ていって、救急箱と糸を通した釣り針のようなものを持ってきた。
左耳に何かしだしたが、痛覚が麻痺。
左耳…ああ、あれだ、王家の紋章が入った大ぶりのピアスがついていたな。馬車に乗る前、側近にピアスごと引き千切られた所だったか。
最初は放って置かれたが、馬車が汚れると口に当てがわれていた布を耳にかぶせられた気がする。
「これでなんとかなると思うけど…痛むでしょうね」
もう構わないでくれ。畑の肥やしにでも…
「私が死なせないから、絶対生きるのよ」
強い言葉に思わず目を開けて見た彼女は、なぜか泣いていた。
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