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「クリームパン」
「ご、ごめんなざい、ゆるじで……!」
二人の男に挟まれた白い肉塊が、地べたに這いつくばって咽び泣いていた。パンパンに膨れたYシャツから、クリームパンみたいな手が生えている。
謝るなんてバカだ。デカい体に物を言わせて暴れれば、まとめてぶっ飛ばせるだろうに。
『浦島太郎』が思い浮かぶ。とても竜宮城に連れていってくれなさそうな亀なので、助ける義理はないが。
「なに笑ってんだ!」
先客をいたぶっている奴らとは別の、メガネ野郎に胸ぐらを掴まれ、投げ転がされる。ぬるい。投げ技なんて、受け身の基本中の基本だ。
続けて雑な前蹴りを放たれたが、祖父の拳骨や足蹴に比べたら、撫でられたのと変わらない。
屋上の床に座り、溜め息混じりに受け身に徹していると、体感一分足らずで放置された。リアクションのなさに萎えたらしい。メガネ野郎は、もう一人――クリームパンと呼ぼう――をいじめる方に加わった。
「早く金出せよ」
「きみたちには、はらいたくない……!」
高校生にもなって、こんな風に泣きべそをかくヤツがいるのか。感心しながら立ち上がると、「いかないで!」と声がかかった。
ただでさえ俺は面倒な立場なんだ。片親だとバレると、保護者が「父親がいないなんて、変わった家だ。付き合うな」と入れ知恵して、子どもを俺から遠ざける。
敬遠されるだけなら、まだいい。好奇心が誘発する、些細ないじめは日常茶飯事。かといって反撃したり、力に任せて目立ったりすれば問題児と見なされて、母親まで陰口を叩かれる。だから全てに、無反応・無関係でいるに限る。
構わず、屋上の出入口扉に手を掛けた、そのときだった。
「危ない!」
飛んできた声に振り向く暇もなく、本能的に屈む。飛び込んできたメガネ野郎が、扉を殴りつけた痛みで自滅した。
すると今度は金髪が「ふざけんなてめえ!」と叫んで、向かってくる。
「や、やめろぉ!」
動いたのは、クリームパンだった。
必死に走ってくる――が、壊滅的に足が遅い! その場足踏みか!
「どけよ!」
型崩れのコンビネーションを何発かかわしている間に、クリームパンが追い付いてきた。
勢いを殺しきれず、蹴躓いた弾みで、金髪を背後から押し倒して制圧。プロレスラーも顔負けの、きれいなタックルだ。
金髪は立ち上がろうともしないが、息はしているようだから、放っておこう。残るもう一人は座り込んで震えていて、相手にするまでもない。
ふと、なぜかクリームパンが「わっ、ごめん!」と言い出した。よりによって、下敷きにした金髪に詫びている。どれだけお人好しなのか。
「尻拭いは自分たちでさせろ。行くぞ」
屋上は立ち入り禁止で、しかも今日は新一年生以外が登校する日じゃない。バレると都合が悪いのは向こうだ。死ぬ気でごまかすだろうと踏んでその場を離れ、クリームパンとは下駄箱であっさり別れた。
まさか、その数日後にこんな相談を受けることになるとは、思いもしないまま。
「きみってケンカ、強いよね。僕にボコボコにされてくれない……?」
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