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共犯
前田くん、と肩を揺すられる。"クリームパン"改め、デビルが俺を見下ろしていた。
一瞬、怯む。
「大丈夫? ぼーっとしてたよ」
手を振り払い、「なんでもない」と答える。
入学式の日、校内で最も悪名高い不良を、一人で返り討ちにした新入生――こんな噂が駆け巡り、こいつは一躍有名人になった。俺は避けに徹していたので、事実に違いない。
「魔王のような強さ」に由来する、ダサいあだ名をつけられたまではよかったが、「デビルにつけば敵なしだ、悪さして回ろう」という、ろくでもない奴らが寄ってくるようになった。
だが見た目に反して、デビルは「暇があったら、家でハンドメイドをしていたい」性格だ。不良を束ねる度量なんかない。
けれども「誰かから金を脅し取らないと、僕がいじめられそう。だけど、誰もいじめたくない」。そう考えたデビルは三か月前、俺に特殊な「バイト」を依頼してきた。
勝手に子分を名乗ってついてくる数人の前で一芝居打ち、デビルが俺をボコボコにし、金を奪っているように見せかける。
しかしその金は、デビルから仕込まれているもの。俺の持ち出しはゼロだ。そのうえ「バイト」日の夜はこうして、家や学校から少し離れた場所で落ち合い、報酬を受け取っている。
メリットは金以外にも。
クラスメイトたちは、俺を「あのデビルにずっと目を付けられている、かわいそうな人間」と憐れみ、関わってこない。なかなか快適だ。担任も見て見ぬふりだし。
一番心配していた、「デビルの不良演技」もかなり様になってきている。この三か月は問題なく、俺は「悪魔との共犯関係」を維持してきた。
とは言え、デビルの「自称、子分」の中には、俺だけを標的にするのに飽きている奴もいるらしく、注意を一人で引き続けるのは限度がありそうだ。
「ね……前田くん。ケンカの仕方、教えてくれる気になった?」
すっかり忘れていた。「理由は」と返しても、デビルはだんまり。ただ、「先生代は、一時間一万円で」とだけ呟いた。
金につられるのは不本意だ。でも、背に腹は代えられない。
「俺は『受け身』と『避け』しか、教えてやれないぞ」
「う、うん! 前田くんの動き、カッコよくてすごいもんね! 習いたい!」
肩に埋まった首を、デビルはこくこくと縦に振った。
なるほど、身のこなしを良くしたいのか。腕を振り回すだけで凶器になるから、殴る・蹴るは教える必要がないと思っていた。
「じゃあ、やる」
「わあ、ありがとう!」
ずい、と出された右手。意味はわかるが、同じくらい、意味がわからなかった。
俺たちは利害が一致している、金だけの関係。なれ合いの必要がどこに。
「なんで握手なんか。友達でもあるまいし」
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