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01
薄暗い水路を青年が歩いていた。
青年の髪色は雪のように真っ白で、手足は長く、背は高いが線は細く、その顔色は青白く死人のようだった。
「フンフン、フーン……」
そこにいたネズミたちが鳴きながら彼を迎えても、気にもせずにただ進んでいく。
鼻歌交じりの青年の様子は、まるで花が咲き乱れる庭園の中を歩いているような――そんな軽やかさ。
この場所は、水の都アクアサレムにある地下水道――国中の人間へ聖水を与えるための貯水施設だ。
青年が住むこの国は、宗教によって治められていた。
教会のいう神の教義によって、その者の職業から結婚相手、さらには命日すら決められている。
平民や貴族など身分に関わらず、差別なく下される神の言葉は、この国に住む者たちとっては恩恵であり、煩わしい悩みを消し去ってくれる救いだった。
この国では、一人ひとりにより素晴らしい未来を提示する神託により、運や間違いなどに影響されない人間の幸福が実現されていた。
「ここか……。偽りの神の水……」
白い髪の青年が足を止め、地下水道の奥にあった広がった空間の水源を見下ろす。
それから屈んで水に手を伸ばし、そっと一口飲む。
「これが聖水……? こんなもの、ただの水じゃないか」
白い髪の青年はクスッと上品に笑うと、すぐに立ち上がる。
青年はこの国が嫌いだった。
両親のいなかった彼は、赤子のときに孤児院へと入れられ、幼い頃から神の教義を学ばされていた。
同じく両親のいない子どもたちと共に、来る日も来る日も神の言葉を頭に叩き込まれた。
彼のいた孤児院は、けして裕福とはいえなかったが、確かな人の愛があった。
孤児院のシスターは、神の教え通りに差別なく、優しさと慈しみを持って子どもたちを育てていた。
この世界は神の愛によって、すべてが平等で平和になっている。
シスターの教えを受けた孤児は男女問わず、成人後に教会へと入り、立派な修道士となる。
だが、白い髪の青年だけがそうならなかった。
彼には違和感があったのだ。
幼い頃からずっと、シスターの教えに――。
神の言葉に――。
そして今、白い髪の青年は、この宗教国家を変えようとしている。
「これで皆、本来の姿に戻れる……」
青年はポケットからガラスの小瓶を取り出すと、それを眺めた。
うっとりしながら、彼は中に入った紫色の液体を見つめている。
小瓶の中身は毒だった。
なんの変哲もない、少しでも薬の知識があれば誰でも作れるようなもの。
その効果は、飲めば当然、少量でも肌に触れれば溶け、やがて死に至るという猛毒だ。
国を統べる教会が与える聖水で人が命を落とせば、この国は大混乱に陥る。
飛躍して考えれば、民衆たちはこれは神の怒りだと勘違いして教会へ訴え、最悪、暴動でも起きるだろうか?
そうなればいいなと、白い髪の青年は肩を揺らし、その表情を緩ませた。
「ようやく見つけたぞ」
突然、青年の背後から声が聞こえた。
振り返るとそこには、修道服を着た男が立っていた。
その男の容姿は、短い黒い髪に、服の上からでもわかるほど鍛えられた体をしている。
年齢はその肌の艶や精悍な印象から、白髪の青年と同じくらいに見えた。
「ヌンディー……」
「レイトナ……君か」
黒い髪の男は、白い髪の青年のことをヌンディーと呼んだ。
名を呼ばれた白髪の青年もまた、レイトナと黒い髪の男の名を呼び返した。
白髪の青年――ヌンディーには彼が現れることがわかっていたのだろう。
こんな人気のない地下水道で、背後から声をかけられたというのに、全く動揺の色が見えない。
いや、むしろ嬉しそうにすらしている。
なぜならばヌンディーの表情が先ほどの微笑ではなく、まるで古い友人と再会したような穏やかな顔になっているからだ。
「ついにまがい物を捨て、本来の自分を取り戻したようだね。やはり君は、この国で唯一の人間だよ。……ああ、でも僕を入れたら二人になるか」
ヌンディーは小瓶をそっと床に置くと、レイトナのほうへと歩を進めた。
これから彼に抱擁でもするかのような――そんな表情のままで。
「いろいろと談笑でもしたいところだけど、あいにく今は立て込んでいる」
「そんなこと知るか。この場で殺してやる」
レイトナが睨みつけながら殺意を吐いたが、ヌンディーはそれでも穏やかな顔まま、彼に近づいていく。
会話こそ交わし合っているものの、両者の表情は実に対照的だ。
「とても修道士の言葉とは思えないね。シスターが聞いたら泣いてしまうよ」
「シスターはもう泣くこともできない。おまえが殺したからな」
現れた修道士――レイトナは、ヌンディーと同じ孤児院の出身だった。
性格の違う二人だったが、院内では誰よりも仲が良かった。
しかし、ヌンディーは孤児院を出た後に姿をくらまし、レイトナは敬虔な修道士となった。
違う道を歩み始め、彼らの道は二度と重なることはないだろうと思われた。
だがヌンディーがシスターを殺したことで、二人の道は再び重なることになった。
幼い頃から親しくもずっと正反対だった彼らだったが、シスターの死によって、より互いを誰よりも理解するようになり、相手のことだけを見るようになった。
それはまるで、生まれたときからこうなる運命だったのだろう思うほどに――。
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