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四
軍営で水を浴び、受け取った褒賞金と馬を三人で山分けしたあとは、店に戻って朝まで飲んだ。腹が減っていたので、ジェフは分厚いステーキを二枚平らげた。逃げ出した客も集まって、結局全員に奢る羽目になったが、たまにはドンチャン騒ぎも悪くない。
とりあえず、東にむかうことにした。目的地は特にないが、二日ほど進めば、また町がある。先のことは、それからまた考えればいい。少し目減りはしたが、金はまだたんまりある。
「なあジェフ。リサのやつ、いつの間にかいなくなってたよな」
「急にどうした、マーカス。もしかして、惚れたのか?」
「そんなんじゃねえよ。でも、いい女だったな」
「オッサン連中には、モテまくってたな。でも、ああいうタイプは、深く関わるとロクな目に遭わないもんだぜ」
「傭兵のカンってやつか? 確かに、性格は悪かった」
マーカスが大笑いして、その後こめかみを押さえた。飲み過ぎによる頭痛がするようだ。
「女くらい、町に着いたらいくらでもいるさ」
「そうだな」
言って、マーカスは水筒を取り出すと、水をがぶがぶ飲んだ。宿酔いには、とにかく水分を摂ることだ。
十キロほど進み、林道に入ったところで、行く手を塞がれた。野盗だろう。八人のうち、三人が騎乗していた。突っ切るのは、少し難しそうだ。
「後ろにもいるぞ、ジェフ」
ふり返ると、後ろに五人いた。前後を挟まれたかたちだ。宿酔いで、注意力が散漫になっていたようだ。ジェフは舌打ちをしながらも、冷静なふうを装った。
「金と武具を、置いて行って貰おうか」
騎乗しているひとりが、少しだけ前に進んで言った。多分、こいつが首領だろう。歳は、四十前後というところか。肌は陽に焼けて浅黒く、頭はきれいに剃りあがり、顔の半分は髭で覆われている。腰には大ぶりの戦斧をぶらさげ、甲冑は、なかなか上等なものを着ていた。大方、食いっぱぐれた元傭兵というところだろう。
「そのセリフ、俺を斬鉄のジェフと知って、言ってるんだろうな?」
ジェフが名乗ると、手下たちの顔は強張ったが、首領と思しき男の表情は変わらなかった。
「傭兵稼業に身を染めたことのあるやつなら、誰もが知っている名だ。俺も、元傭兵だ。戦場では、旋風のコンラッドと呼ばれていた」
「悪いが、はじめて聞く名だ」
ジェフが言うと、コンラッドと名乗った男は、少し顔をしかめた。
このコンラッドという男は、明らかに自分を知っていて待ち伏せをかけた。当然、大金を持っていることも知っているだろう。スティーヴの差し金、という考えが一瞬だけ脳裡を掠めたが、それはすぐに打ち消した。買い被るつもりはないが、スティーヴは昔気質の軍人で、金を惜しんで人を嵌めるような男ではない。長く傭兵をやっていれば、自然と人を見る眼もできてくる。
「いい度胸だな、斬鉄のジェフ。ならば、力ずくでいただくとしよう」
「これっぽっちの人数で俺を殺ろうなんて、あんたの方こそ、いい度胸してるじゃねえか。それとも、舐められてるのかな」
「言わせておけば、この若造が」
顔を真っ赤にして、コンラッドが斧を振りあげた。
「マーカス。とっとと片付けて、先を急ぐぞ」
ジェフは剣を抜いた。やるしかない。最初から、わかってはいる。
「まったく、余計頭が痛くなっちまう」
言いながらも、マーカスは剣を抜いた。マーカスにしては、やけに落ち着いている。昨晩の魔物で恐怖感が麻痺しているのか、あるいはまだ酒が抜けず怠いのだろうか。
敵は、総勢で十三人。うまく連携されると、相当手強そうだ。しかし、これまでにも似たような場面は何度もあった。そして、そのすべてを、ジェフはくぐり抜けてきた。
「かかれっ」
コンラッドの号令で、敵が一斉にむかってきた。ジェフはマーカスと眼で合図して、二人同時に馬首を返した。そのへんは、息が合ったものだ。まずは、後ろの敵に当たる。
駈けながら、剣を叩きつけた。頭蓋が潰れ、敵は倒れた。マーカスも、ひとり斬ったようだ。先に反転したジェフは、そのまま突っこんだ。
ひとりが、下から槍で突いてきた。とっさに、ジェフはけら首を掴んだ。顔を見ると、槍で突いてきた敵は、かつてジェフの部下だった男だった。ためらうことなく、ジェフは首を刎ねた。こういうめぐり合わせも、時にはある。
マーカスが追ってきて、ひとりを蹄にかけ、さらにひとりと打ち合いはじめた。道幅が狭いせいで、馬上の有利を発揮できないでいる。駈け寄って、マーカスと打ち合っている敵を後ろから斬り倒した。
前方から、三騎が猛然と突っこんできた。コンラッドを先頭に、楔形でむかってくる。一直線に駈けるだけなら、道幅は関係ない。突撃の勢いは、すさまじいものがあった。
止まっているところに突撃を受け、馬がよろけた。ジェフは、コンラッドの斧をかわしつつひとりを斬ったが、マーカスは落馬した。腕を斬られたようだが、大した傷ではない。槍。下から二本、同時に来た。一本かわした。残りの一本が、脇腹に浅く刺さった。痛みはない。ただ熱いだけだ。ひとりを突き、もうひとりも斬った。
マーカスが狙われていた。三人を相手に、浅傷を負いながらなんとか持ちこたえている。馬腹を蹴り、ジェフは三人の中に突っこんだ。剣を叩きつけると、二人倒れた。マーカスが、隙を衝いてひとりを斬った。いつの間にか、マーカスもなかなか遣うようになってきた。
倒れた二人が立ちあがって、剣を構えた。斬りかかろうとしたところに、騎馬がむかってくる。左。薙いできた。踏ん張ると、脇腹に鋭い痛みが走った。なんとか受け止め、馬上でもつれ合うかたちになった。
横合いから、なにかが来た。斧。コンラッドだ。反射的に、ジェフは躰をひねった。旋風が躰を掠める。肩当てが飛んだ。体勢を崩し、ジェフは尻から地面に落ちた。まともに喰らえば、左半身を吹っ飛ばされていたかもしれない。
マーカスが、二人を相手に苦戦していた。援護にむかったが、騎馬が進路を塞いできた。下から突きあげ、のどもとに入った剣を、ひねりを加えながら引き抜いた。顎が割れ、剣から血が尾を曳いて飛んだ。そのままマーカスの方へ駈け寄り、ひとりに肩からぶち当たった。倒れた敵の首に、剣を押しつけ、引いた。二拍置いて、首から血が噴き出してきた。もうひとりも、マーカスがなんとか仕留めた。残りは、コンラッドひとりだけだ。
馬首を返し、コンラッドが雄叫びをあげながら駈けてきた。焦りと怒りが入り混じったような、複雑な表情を浮かべている。
「手を出すなよ、マーカス。あいつは、俺ひとりで殺る」
無言で頷き、マーカスは林の方へ退がった。マーカスは回復の魔法も遣えるので、傷の心配はしなくていい。回復魔法といっても、せいぜい傷を塞ぐ程度だが、それで失血は防げる。
コンラッドが突っこんでくる。ジェフは、その場から動かずに迎え撃った。両足の間隔を広めにとり、腰を落とし、馬の首に剣を叩きつけた。剣は馬の首を飛ばし、さらにはコンラッドを腰から両断した。上半身は吹っ飛んで地面に落ち、首を失った馬は、コンラッドの下半身を乗せたまま、十メートルほど進んだところで倒れた。
闘いが終わった林道には、血と臓物の臭気が漂っていた。
上半身だけになったコンラッドは、うつ伏せに倒れていた。両断した胴からはらわたがこぼれ落ち、血が地面をどす黒く染めている。まだ息はあり、手には斧を握っていた。大した生命力だ。ジェフが近寄ると斧を振りあげてきたが、腕を蹴飛ばすと、斧を放した。
顔をあげて、コンラッドが睨みつけてきた。
「死ぬ前に訊こう。誰から俺のことを聞いた、コンラッド?」
「女だ。名前は知らねえ」
「金髪で、茶色いローブを着ていなかったか?」
「ああ、その通りだ」
「リサだ。あの女が、俺たちを嵌めやがったのか」
道端に腰を降ろしたマーカスが、怒りをあらわにして叫んだ。
ジェフは、再びコンラッドの方に視線を移した。
「その女がどこへ行ったか、わかるか?」
「詳しくはわからねえが、ネムディアやブリトニアよりもずっと東の国に、魔導書を取りに行くとか言ってやがった。上玉だから、最初はとっ捕まえようと思ったんだが、逆に手下を三人やられちまった。去り際に、大金を抱えたおまえらがこの道を通るって教えてくれたんだ。たとえ斬鉄のジェフでも、深傷を負ったいまならやれる、ってな」
「残念だったな。俺はこの通り、ぴんぴんしている」
「俺は、まんまと騙されたってわけか」
口惜しそうに言って、コンラッドが苦悶の表情を浮かべた。顔は土気色になり、脂汗をかいている。苦痛は、これからもっと強くなるはずだ。
「行こうぜ、マーカス」
「傷の手当てはいいのか、ジェフ?」
「林を抜けたらでいい。とっとと行こうぜ」
リサと野盗のおかげで、余計な手間を食った。乗っていた馬も逃げてしまい、荷も金も失った。とんだ災難に遭ったものだ。もっとも、災難なのは野盗たちも一緒だろう。力がないから死んだ。それだけのことだ。
「待ってくれ、ジェフ」
歩き出そうとした時、コンラッドが呻くような声で言った。
「止めを刺してくれ。同業者の、情けだ」
「同業者だと。俺は、野盗になった覚えはないぜ。第一、傭兵に情けなんてものはない。野盗暮らしをするうちに、そんなことも忘れちまったようだな、旋風のコンラッド」
「クソッタレが」
「せいぜい、獣の餌にでもなるんだな」
「てめえもいつか、無様に死ぬんだ。粋がってられんのも、いまのうちだぜ」
コンラッドを無視して、林道を進んだ。後ろでコンラッドが罵声をあげていたが、ジェフは一度もふり返らなかった。そのうち、声は聞こえなくなった。
林を抜けると、草原に出た。
ジェフは腰を降ろし、甲冑を解くと、マーカスの回復魔法で脇腹の傷の手当てを受けた。血は、すでに止まっていた。
マーカスから水筒を受け取り、ジェフはひと口だけ水を飲んだ。宿酔いは、すっかり治まっていた。マーカスも、頭痛は引いたようだ。
「馬はいいとして、金と荷物がなくなっちまったのは痛いな。いくら持ってる、マーカス?」
「懐に、百万だけ入れといた。それが、全財産だ」
「当分はなんとかなるな。それにしても、やっぱりリサはとんだ食わせ者だったな」
「まさか、リサを追おうって言うんじゃないだろうな?」
「追っても仕方ないだろう。でも、このままずっと東へ行くのも面白そうだな。東の果てには、宮殿からなにから、黄金でできた国ってのがあるらしいじゃねえか」
「黄金の国だって。いくらなんでも、そりゃ嘘だろう」
「自分の眼で確かめてみるってのも、悪くないと思うぜ」
「ほんと、ジェフはいつも行き当たりばったりだよな。まあ、退屈はしないけどさ」
「よし、決まりだ」
腰をあげ、ジェフとマーカスは歩き出した。
今夜は、どこか適当なところで野宿になる。陽が暮れる前に、兎の一羽でも獲っておきたいところだ。
ふっと、心地よい風が、頬を撫でていった。
歩きながら、ジェフは秋晴れの空を見あげた。
了
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