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「ここが図書室。うちの学校では一人につき一冊の本を借りられるよ。借りるときは受付の人に生徒手帳と一緒に差し出す感じかな。手帳に本貸し出し記録のページがあるので、受付の人にタイトルと貸出日、返却日を記載してもらう。借りた本は返却日までに必ず返すのを忘れずに。まあ、説明はこんな感じかな」
授業後、私は先生に頼まれて米澤さんに校内の説明をしていた。
朝の気分上昇係での失態があるだけに、彼女と話すことは憚られていたのだが、頼まれたのだから仕方がない。
私の説明を米澤さんは笑顔で聞いてくれていた。というより、学校では終始笑顔を絶やすことはなかった。休み時間、クラスのみんなが米澤さんの元に寄ってたかってお話ししていた際も彼女は元気に振る舞っていた。
アイドルは裏ではドライなのかと思ったが、そうでもないようだ。それとも自身のイメージを崩さないように人前ではいつも朗らかにいるのか。アイドルについて無知な私には分からない。でも、もしそうなら大変なお仕事だな。
「ねえ、米澤さん」
廊下を歩く最中、気になった私は米澤さんに思い切って尋ねてみることにした。
「どうしたの?」
「その……米澤さんっていつもそんなに笑顔でいるの?」
「もちろんだよ! みんなを元気にするためには、まずは自分が元気でいないとね!」
「すごいね。さすがは現役のアイドルだ」
「ふふふ、ありがとう。でもね、今の笑顔は特別だよ。千早さんに校内を案内してもらえてすごく嬉しいんだ」
「え……どうして?」
「朝の一発芸を見た時から、すごく気になってたから」
「ああ……それは、大変失礼なことをしました」
「なんで謝るの? ははは。千早さんって面白いね。私、千早さんのこと好きだな」
「ええ……いやー、それほどでもー」
まさか現役アイドルに好かれるとは。私って、自分が知らないだけで魅力に満ち溢れていたりするのかな。いやいや、まさか。
「ねえ、千早さん。今度は私が質問していい?」
「うん。私に答えられることなら」
「その……千早さんって『インペリウム』に感染してたりする?」
米澤さんの質問に、ほんの束の間、二人の間に沈黙が走る。
なぜいきなり『インペリウム』について触れてきたのだろう。とはいえ、隠す必要もないから正直に答えよう。
「感染しているよ。蔓延初期くらいには感染者になってた」
「そっか。でも、その割には人からの影響をあまり受けているようには見えないけど」
「あー、そうだね。私の場合はね、人よりミラーニューロンの働きが弱かったから、むしろ感染したことで通常に戻った感じなんだよね」
「なるほど……じゃあ、私と同じだ」
「え……米澤さんも?」
「うん。ねえ千早さん、案内が終わったら、今度は私に付き合ってもらっていい?」
「いいけど……」
私がそう言うと、米澤さんはガッツポーズを決めた。何がそんなに嬉しいのだろうか。
現役アイドルからのお誘い。私はそのことに確かな高揚感を覚えていた。
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