六月三十日④(遠山)

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六月三十日④(遠山)

駅に着いた。 定期券をかざし改札口を通過する。 いつもの電車の時間には余裕で間に合いそうだ。 ゆっくりと階段を踏みしめながら目的のホームを目指す。 さっき電車が出たばかりだからか、ホームにいる人の数は(まば)らだ。 あわよくば座りたいという思いからホームの黄色い点線の上に立つ。 ここはホームドアのない駅だから数歩足を踏み出せば線路上に落ちてしまいそうだ。 『特急列車が通過します。黄色い線の内側にお下がりください』 駅員のアナウンスが流れる。 電車を待つ間の時間潰しにはスマホでSNSチェックだ。 スマホの中では、今日も朝からクラスのお調子者が下らないことを投稿している。 ページを進めると、子猫の写真が出てきた。 段ボールの中から上目遣いで見上げる子猫が可愛らしく写っている。 画像には『#里親募集』の文字があり『きゃー、かわいー』とか『尊いー』とかのコメントが並んでいる。 子猫の居場所を見るとさっき段ボールが置いてあった道路脇だった。 あの時の女子高生が投稿した写真が拡散されてるんだ。 うちはペット禁止のマンションだから飼えないけど、里親見つかるといいな。 すると、並び始めた列の後ろの方から女性のハイテンションな声が聞こえてきた。 「あれー、先生お久しぶりですー」 偶然、昔の恩師に会ったんだろうか。珍しいこともあるな、なんて思っていると、 「え、あ、人違いでしたー。ごめんなさいっ!」 この大勢の中で人違いって、ちょっと恥ずかしいよね。見ないようにしておこう。 その時、スマホを見ている遠山の目の前を、特急列車が勢いよく通り過ぎて行った。
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