もう、叶わない

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もう、叶わない

ある日、駅に隣接したショッピングモールで、声を掛けられた。 「あの…以前娘とお付き合いされてた…方、じゃありませんか?」 彼女のお母さんだった。 「あ…どうも…お元気ですか? …お嬢さん…」 彼女のお母さんは、少し躊躇った後 「あの…もしお急ぎでなければ、 少しお話できますか? 立ち話も何ですから。」 そう誘われて、 コーヒーショップに入った。 奥の空いている席を選んだ。 「お誘いしたので、ご馳走させて下さいね。 ホットコーヒーでいいかしら?」 「あ、はい。」 「お待ちになってね。」 どうして、僕に声を掛けたんだろう? 別れたこと、知ってるはず… 「お待たせしました。」 「ありがとうございます。」 「あなたに、お目にかかりたいと思ってました。 色々探したんですが、娘があなたの 連絡先を消してしまっていて、 見つからなくて。 娘は、亡くなりました。 1年半になります。」 「嘘…ですよね。そんなはずは… 彼女は、大切な人ができたからと… その方と結婚されたとばかり、思ってました。 彼女、僕に嘘をついたんですか?」  「そうでは、ないんです。 大切な人ができた、というのは、 嘘ではありません。 娘は、白血病でした。 化学治療では治らないので、 骨髄移植するしかありませんでした。 骨髄バンクでドナーが見つからなくて、 私の遠縁に当たる人が、娘と同じ型と分かって、その方のことを、 “大切な人”と娘は言ったんだと思います。」 「移植手術をしたのに、 なぜ亡くなったんですか?」 「できなかったんです。 間に合いませんでした。 ドナーとして的確か検査をしている間に、 娘の病気が悪化してしまって、 移植手術の副作用、拒絶反応が大きく出そうだということで、中止になりました。 ドナーになるはずだったのは、私の遠縁に当たる30代後半の独身の男性で、 遠くから見舞いに来られて、娘は骨髄をいただいて、普通に生活できるようになったとしても、あなたと結婚はできないと思ったようです。 それで、あなたとお別れすることにしたんだと思います。」 「それなら、移植しないと決めた時に なぜ、教えてくれなかったのですか?」 「娘は、自分が苦しんで病み衰えていく姿を、あなたに見せたくなかったんです。 私も、あなたの連絡先を探しましたし、 娘にも聞きました。 でも、優しい人だから、 私より苦しんでしまうから、 知らせないで欲しいと。」 あなたは、優しすぎるから、辛い と言ったのは、このことだったのか… 「申し訳ありません。 僕が彼女を手放さなければ… ひとりで苦しませはしなかったのに… せめて、墓に参らせていただいて良いでしょうか。」 「本当は、あなたに側に居て欲しかったんだと思います。 でも、自分のことは忘れて、幸せになって欲しいという気持ちも同じくらいあって、 あなたの連絡先を教えなかったんです。 でも、今なら会ってやって下さい。 墓地の住所は、こちらです。 自由にお参りできる墓地ですので。」 「声をかけていただいて、ありがとうございました。 僕の連絡先は、これです。 何かの時は、ご連絡下さい。」 「今年で三回忌になります。 その時にご連絡しますね。」
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