三回忌

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三回忌

彼女のお母さんから連絡があり、 三回忌の法要に出席した。 「よくお出で下さいました。 それと、いつも桔梗のお花ありがとうございます。 あの子、そんなに桔梗が好きだったのね。親の私の方が知らなかったわ。」 「いえ、実は僕も知らないんです。 あれは、僕が贈りたくて選んでるだけなんで。 失礼ですが、彼女のドナーになるはずだった遠縁の方に、差し支えなければご挨拶したいのですが。」 「ご連絡は差し上げたんですけど、 お出でになっていません。 葬儀にも。 やはり、あの娘が目当てだったのかもしれません。 娘は、それを感じたんでしょう。 移植手術が中止になった時、 凄くほっとした顔をしてましたから。」 「そうでしたか…」 「法要が終わったら、お話しましょ。 お席にどうぞ。」 法要が終わると、ご両親が挨拶にみえた。 「本日は、ありがとうございました。 お時間よろしければ、妻の話に 付き合ってやって下さいませんか。」 「ええ、喜んで。 彼女の話ができるのはお母さんくらいしかいません。 お話しできるのを楽しみに来ました。」 「私は他の方に挨拶して参りますので。」 「今日は、来て下さって、 ほんとにありがとう。 こうして、娘を忘れないで居て下さるのは、とても嬉しいです。 でも、あなたもいつまでも娘との思い出と生きていてはいけないんじゃないかしら?」 「今、僕が心を惹かれる人はいません。 無理に探そうと思いません。 もし、そういう人が現れたら、 その時考えます。 最近色々忙しいんです。 彼女の墓参りしてから、始めたことがあって。趣味とか勉強とか。 彼女、中学生の頃数学が得意だったそうですね。」 「そうですね。」 「中学の数学の先生になりたかったけど、高校で成績が落ちて大学を断念したからなれなかった。 学習塾の講師になるにも、短大卒でないとダメで、せめて短大を出ておけば良かったといってました。 でも、学歴がなくても講師になれる塾を見つけたから、結婚したら、塾を開きたいと言ってたんです。 僕、代わりにその夢を叶えたいと思って、 今資金を貯めて、勉強してるんです。 それと、 コーラスサークルに入りました。」 「娘も、コーラスが好きで、学校を卒業してからも職場のサークルとか地域のサークルで歌ってました。」 「僕も誘われてたんです。 でも、音痴と言うほどではなくても、 歌は得意でなくて。 僕は、聞く方で良いからって、 やらなかったんです。 一緒に歌をやれば良かったと思いました。 そうしたら、もっと別の思い出もできたのに。 それで、今からでも、 彼女の好きだった世界に触れたくて、 サークルに入りました。 まだ、先のことになると思いますが、 演奏会にもし良かったら聞きに来て下さい。 こんな話をすると、彼女を忘れないために、僕が無理をしてると思うかもしれませんね。 でも、そうじゃないんです。 この2年、忘れようとしても忘れられませんでした。 時間が経てば、想いが薄れるかもしれないとも思いました。 でも、薄れるどころか、恋しさは募るばかりで、苦しかったんです。 そんな時、声を掛けていただいて、 墓参りをして、気持が晴れ晴れとしました。 彼女の夢を叶え、彼女の世界をもっと知りたいと思いました。 今、歌ったり、勉強をしていると、 彼女と一緒にいる感じがするんです。 とても楽しくて、以前のような辛さはなくなりました。 先のことは、わかりません。 彼女のことを想い続けるのか、 別の女性と出会うのか。 今は、この生活を楽しみたいんです。」 「そうですか。 私も、悲しみに浸っていないで、前へ進まないとね。 そう、今までやりたくても諦めてた事があった。それを、始めてみるわ。 もう、歳だけど。」 「始めるのに遅いなんて、ない。 やろうと思った時、やりたいと思った時が始める時なんです。 受け売りですけど。 僕も、それを実感しながらやってます。」 「今日は、あなたに会えて良かった。 元気になれそう。 また、桔梗の花を持って遊びにいらしてね。 花言葉、調べたの。 自分が贈りたくて、と おっしゃってたから。 『永遠の愛』なんですね。 娘とあなたは、 『運命の人』なのね。」
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