腕時計

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2年前 君から別れを告げられた。 「ごめんなさい。 ずっと一緒に居るって約束したのに、 私、あなたより大切な人ができてしまったの。 だから、これはあなたが持っていてくれないかな? 『一緒に時を刻もう』って、 一緒に買った腕時計だから。 目障りだったら、 捨ててしまってもいいわ。 そんなの、自分で捨てればいいだろうって、そう思うよね。 そう言われて当然だもの。 でも、あなたは優しいから 言わないでしょう? せめて、そう言ってくれたら、 嫌いになれたかもしれないのに… 嫌いになった訳じゃない。 あなたとの思い出は、 私にとっては大切で幸せな記憶だから、 自分では捨てられないの。 おかしいよね、サヨナラを告げてるくせに、こんな事言うの…」 そう言って、流す君の涙を、 僕は綺麗だと思った。 サヨナラを告げる涙さえ、 僕にとっては愛しい… 「なぜ、心変わりしたか、 聞かないのね。」 「それは…、君のせいじゃないだろう? 僕が情けないから、 僕より素敵な人と出会ってしまったのは、 君のせいじゃないから…、 仕方…ないよ。」 「ねぇ、優しすぎるのも、 辛いって知ってた?」 「えっ?どおいうこと?」 「あなたはいつも優しすぎるから、 一緒にいるのが辛いの。 だから、サヨナラしたいの。 だから、我が儘なのは私で、 あなたじゃない。」 「ゴメン。 君の気持ちに気付けなくて…。」 「謝らないで。 優しいあなたを好きになったのは、 私なんだから…。」 コトンとテーブルの上に腕時計を外して、 君は行ってしまった。 僕を残して。 その時、僕の心の時計は止まった。 僕の腕時計は、 机の引き出しの奥に仕舞い込んだ。 君の時計は捨てることもできず、 僕の机の上で時を刻んでいる。 その時計を見るたび思う。 君は、幸せだよね。 幸せな刻を今日も刻んでいるよね。 君が幸せなら、それでいい。 だけど、僕の刻は止まったままだ。 2年経っても。 もう一度、君に会いたい。 その、柔らかな肌に触れたい。 抱きしめたい… 愛してる… 抑えても、抑えきれない想いが溢れて どうしようもなくなると、 ふたりで行った思い出の場所に行き、 幸せだった記憶を思い出して、 ひとり心を慰める…。 きっと、あの時のように 君は笑っているはずだから、 それでいいのだと。 君と別れてから、女性と知り合ったり誘われることもあった。 でも、どんなに可愛い子がいても、 綺麗な女性と出逢っても、 僕の心は動かない。 “愛してる”と告げたい人は 今でも君だけなんだ。 僕の心の時計が動きだすことは、 あるんだろうか…
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