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14.濡れたジャージ
キンモクセイの香りが街に漂い始めた、10月中旬。
先生一筋な私の心に小さな変化を齎す事件が起こった。
5時間目の体育の授業に向けて昼休み中に更衣室へ移動して、着替え終えてから体育館へ向かうと……。
プシューッ……
突然、横から噴水のように噴き出してきた水が私のジャージの上着を直撃して、あっという間にずぶ濡れになった。
水が飛んできた方向に目を向けると、体育館手前の水道前には花音の姿が。
花音は水道の蛇口のハンドルを最大限に捻って噴出している蛇口を半分指で塞いで私が居る方向を目掛けていた。
花音は私の上着がずぶ濡れになったところを確認すると、ハンドルを捻り返して水を止めた。
色が変色してしまうほど濡れたジャージからは、水がポタポタと滴っている。
「あっはっはっは~。ごめーん、水かかっちゃったぁ? なんかさぁ、水の出が悪くていじっていたら、急に吹き出して来ちゃってぇ」
花音の瞳は言動とは裏腹に嘲笑っている。
明らかに私を狙っていたと思われる。
こんな低レベルな嫌がらせは今日が初めてじゃない。
花音は、私が蓮と付き合ってる頃から度重なるストレスを与えてきた。
キーン コーン カーン コーン……
「あ~っ、予鈴だ。もう体育館に行かなきゃ」
花音は嫌がらせに満足すると、軽やかな足取りで体育館へと向かって行った。
ビショビショになったままその場に取り残された私はショックで言葉を失う。
「絶対わざとだよね。花音ったら本当に最低。……梓、ジャージ思いっきり濡れちゃってるけど大丈夫?」
「相変わらずだよね。花音は……」
平静を装いながら上着に付着している水滴をパッパと手で振り払う。
どうしてこんな幼稚なイタズラをするんだろう。
蓮と付き合ってる当時ならまだしも、今はもうただの友達なのに。
「今日は風が冷たいから他のクラスの友達にジャージを借りた方がいいんじゃない? このままだと風邪引いちゃう」
「そうだね。隣のクラスの美玲にジャージを借りてくる」
「予鈴が鳴っちゃったから早く行っておいで」
「じゃあ、行って来るね! 先に体育館で待ってて」
梓は濡れたジャージのまま、体育館と逆方向の校舎へ走り向かった。
棟の出入り口に差し掛かると、ちょうど建物から出て来たばかりで一人きりの蓮と目が合う。
蓮はすれ違いざまに梓の腕をガシッと掴んで引き止めた。
「……まさか、授業サボるつもり?」
「違うよ。……ちょっと、急いでるから手を離して。」
「何をそんなに急いでるの? もう体育の授業が始まるけど」
「ジャージの上着が濡れちゃって……。急いで美玲にジャージを借りに行かないと本鈴が鳴っちゃう」
「どうしてジャージが濡れてるの? まさか、一人で水遊びをしたんじゃ……」
「もーー! 頼むから手を離して。時間がないの~~!」
梓の切羽詰まった表情に、黒っぽく変色するほど濡れた紺色のジャージ。
蓮は異変に気付いて5秒ほど口を黙らせると、進行方向とは逆の体育館の方へ力強く手を引っ張って走り出した。
「なら、そっちじゃない……」
「えっ……。美玲の教室は反対側だよ」
体育館を目掛けて走り出す蓮の背中に声は届いていない。
今にも転びそうなくらいのスピードで手が引かれている。
「ねぇーっ、蓮! 蓮ってばぁ」
後ろから幾度となく名前を呼んでも、蓮はひと言も話さない。
ただただ、手を強く握りしめながら体育館に向かって走るだけ。
「あれ……。梓?」
既に体育館に到着して他の友人とおしゃべりしていた紬は、美玲の教室に向かったはずの梓が体育館入口で蓮に手を引かれている姿を目撃してキョトンとする。
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