年の瀬

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年の瀬

クリスマスが過ぎ、もうすぐ年末。 予定通り小規模な忘年会が開かれることになった。 メンバーも予定通りの、チャラ男と恋愛話好きの女学生、鞍馬と私の四人。 場所はちょっとご飯の量が多いけれど美味しいと言われる河原町の居酒屋。予約はチャラ男がしてくれた。 「え!瑚都っちもう帰省済ませたんスか?」 早々に乾杯し、冬休みに入ってからの近況報告などから話が始まった。 私がもう帰省したので年末年始は京都へいることを伝えると、チャラ男は驚いたように眉毛を上げる。よくそれだけ表情豊かになれるものだと感心した。 「俺これからっすよ~こいつも」 チャラ男が横にいる女学生をこいつ呼ばわりしている。 今更ながら妙な席の配置だが、忘年会が始まると何となくチャラ男が女学生狙いなんだな~ということを察したので何も言わないでおいた。 鞍馬もそれを知っていてさり気なく私の隣を取ったんだろう。 「じゃあ年末年始は彼氏さんと過ごすんですか?」 「ご家族にはカレシのことやっぱ内緒なんスか?」 正面の二人が根掘り葉掘りモードになって身を乗り出してくる。 「初詣は一緒に行くかもしれないけど、基本はおじいちゃんおばあちゃんの家でまったりするって感じかな。私おじいちゃんちが京都にあるから。あと前も言ったけど付き合ってることは言わないよ。反対されるだろうし。親から見れば兄妹みたいなもんだもん、従兄妹って」 「反対までいきますかね?」 「うちの親は反対する。絶対。」 「えーっ!人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえってやつですよ!ほら、あれだけ外野に色々言われてた皇族の方だってこの間結婚したんですから!」 女学生が連日ニュースで報道されながらも結婚して皇室を離れ、ニューヨークへ行った二人の話題を出してきた。 「今後もしバレても親の反対に従うなんて絶対ダメですからね!」 「障害物がある方が燃えるだろうからどのみち大丈夫だよ、瑚都たちは」 何故か私と京之介くんの仲を全力で推している女学生が力説する中、鞍馬が飄々と口を挟む。 「それは鞍馬の性癖では?」 「失礼だなあ。ロミオとジュリエット効果っていう立派な心理現象に則った意見なんだけど。恋は障壁が高いほどいいって知らない?」 思わずツっこんでしまった。鞍馬には笑い返されただけで済んだ。 その効果については知らないが、名前から何となくどういうものなのかは察することができる。 「だからよく言うじゃん。不倫同士の恋が本物の愛だって」 心底そう思ってるみたいに笑う鞍馬に対し、女学生が速攻で反論する。 「いや不倫は違うでしょ。誰かの不幸の上に成り立つ恋愛のどこが本物なの?浮気は心の殺人だよ。不倫なんかと瑚都さんの恋愛を一緒にしないで」 少し酔いが回ってきているのか、女学生の声がいつもより大きい。 浮気は心の殺人、今の私にとっては深く刺さる言葉だった。 私の持っているカシスオレンジのコップが空なのを見た女学生が「瑚都さん次何飲みます?」とメニューを見せてくるので、「じゃあカルーアミルクで……」とお願いする。 飲んで罪悪感を無理矢理消し去りたい気分だ。  : このメンバーでの飲み会はチャラ男がコミュ力お化けであることと女学生が常にハイテンションであることのおかげで楽しい空気が続いたし意外にも話が弾み、あっという間に終電の時間が過ぎてしまった。 時間が来ていたことには気付いていたが、話が面白くまだ続きそうな雰囲気で、店を出るタイミングではなかったのでスルーした。 京之介くんから【まだ飲み会?】というメッセージが十分前に来ていることに気付き、慌てて返信する。 【もうちょっと長引くかも。タクシーで帰る】 京之介くんはすっかり私の家に住み着いていて、私が飲み会で居ない日も私の家で過ごしている。 今日は飲み会なので勝手にお風呂へ入っていいし勝手に寝てもいいと伝えていたはずなのだが、やはり気になるらしい。 私の返信に既読が付いたかと思うと、着信画面になった。 慌てて応答すると、『今どこ?』といういつももしもしを言わない京之介くんらしい声が聞こえてきた。 「河原町で飲んでるよ」 『まだ店?』 「うん」 『大丈夫なん?』 「大丈夫、そんなに酔ってないし」 『迎えに行こか?どうせ明日休みやし』 「――彼氏さんですか!?」 前から女学生がまた身を乗り出してくる。この子の声は響くので、電話の向こうの京之介くんにも聞こえているだろう。 しーっと口の前で人差し指を立てるがかなり酔っている様子の女学生はお構いなしだ。 「彼氏さん呼んでくださいよぅ!会いたいです!」 普段はうるさいとはいえ引くべきところは引くいい子なのだが、酒が入っているとそうもいかないらしい。 向こうで京之介くんの笑う気配がする。 『後輩?』 「研究室が一緒の学部生」 『なんか俺に会いたいみたいやけど』 「うーん……」 わざわざ来てもらうことになるのに加えて鞍馬がいることもあって躊躇っていると、京之介くんが『ついでに他の子らも送ったるよ』と付け足してきた。 最近は京之介くんに甘えることも覚え始めているためここで過度に遠慮した方が不自然だと判断した私は、控えめにお願いする。 「じゃあ…………ごめん、一回だけお願いしてもいい?ごめんね」 『運転好きやからええよ。瑚都ちゃんにもはよ会いたいし』 その発言にキュンとしすぎて、ウッと発作が起きた人のような反応をしてしまった。 通話を終了して顔を上げると、チャラ男が「え、来てくれるんスか?」と期待するような目を向けてくる。 「うん……まあ。」 「きゃーっ!!瑚都さん愛されてるゥ!!」 「お前、酔いすぎ」 悲鳴を上げる女学生の頭をチャラ男が押さえる。 この数時間で妙にスキンシップが多くなったな。 「みんなのこともついでに送ってくれるって」 「えーっマジすか、悪いなあ」 てっきりチャラ男は女学生を持ち帰る気だと思っていたのだが、この提案は断らないらしい。 意外と女性関係はチャラくないのかな。 そう時間がかからないうちに、京之介くんから【着いた】という連絡が来たので全員で店を出ることにした。 チャラ男と女学生が先にトイレへ行くといって消えていったのでそれを店内で待ちながらコートを着る。 「いいの?俺のこと彼氏に会わせて」 「いいのも何も、そういう流れだから仕方ないでしょう」 隣でマフラーを巻きながらクスクス笑う鞍馬にそう言ったところでチャラ男と女学生が戻ってきたので、そこで会話は終了した。
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