年の瀬

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私が助手席に乗り込み、残り三人は後部座席に並んで座る。 私はずっと一緒だったから感じないけど、今来た京之介くんからすればきっと私たちはお酒臭いんだろうなと思った。 「きゃー!やばいぃぃ!超イケメンじゃないですか瑚都さんの彼氏!」 「うっっるさ……スンマセンこいつ酔ってるんス、スンマセン」 女学生を押さえ込みながら何故かチャラ男が謝っている。 「別にええよ。酔っ払いは見慣れとる」 確かに京之介くんは大学時代そこそこお酒を飲むサークルに所属していたらしく、人が酔っている姿を見ても何も思わないと言っていた。 「シメのラーメン行きましょ!この道路沿いに遅くまで空いてるとこあるんですよぉ~!」 なんていう女学生の調子に乗った一言から、何故か五人でこの時間帯にラーメンを食べに行くことになった。 こんな深夜に食べるなんて罪でしかないが、忘年会なので許されるだろうと自分を許した。 入り口でアルコール消毒と検温を済ませ、案内されたテーブル席につく。 「ラーメンとか付き合う前に食べに来て以来やな」 と隣の席の京之介くんが懐かしそうに言った。 京之介くんの正面にはチャラ男がいて、その隣が女学生、そのまた隣が鞍馬だ。 チャラ男が注文を終えるなり「京之介さんインスタとかやってないスか?」などとあっさり京之介くんと連絡先を交換するものだから驚いた。 こいつ社交性ありすぎでしょ……。フォロワーが異常に多いだけある。 「質問質問!二人はデートとかどこ行くんですか?」 女学生は少し酔いが冷めてきたようで、全員にお水を入れながら京之介くんに話を回した。 初対面で京之介くんにこんなにガツガツいけるタイプは珍しい。京之介くん、常に近寄り難いオーラ醸してるから……。 「クリスマスの日に映画観に行ったな」 「あ~、イヴに公開されたやつです?」 「そうそう、瑚都ちゃんが間違えてラージサイズのクソデカいポップコーン頼むから食べるん大変やったわ」 「そんなこと言わなくてよくない?」 むっとして京之介くんを睨むと、ふはっと笑われた。 その後みんなでラーメンを食べて、チャラ男が「俺もう無理~」と途中でギブするので残りをお腹に余裕のある私が食べてあげた。 鞍馬だけがラーメンではなくソフトクリームを食べていた。ラーメン屋に何をしに来たんだと聞きたくなるチョイスである。 店を出る頃には夜風が気持ちよく、女学生も正気に戻っていて、迎えに来てくれたうえにラーメン屋に寄ってくれた京之介くんに対し丁寧なお礼を言っていた。 「ごめんね、京之介くん。ラーメンまで付き合ってもらっちゃって」 「ええよ、瑚都ちゃんの知り合いやし」 私からも改めて謝罪するが、京之介くんは本当に何も気にしていない様子だった。 近かったので先にチャラ男と女学生を降ろして、後は鞍馬を送ることになった。 同じ車内に既セク二人がいる状況、果たして全国で何人くらいが経験しているのだろう、なんてくだらないことを思いながらBluetoothに繋げて車に乗っているスピーカーで好きな曲を流した。 「なんか、変な時間に飯食ったせいで今帰ってもすぐ寝れる気せんわ」 「ドンキでおつまみ買って家でちょっとだけ飲み直す?」 「えー、いややぁ。飲んだ後に飲ませるん心配やし」 「何で?まだ飲めるよ」 「信用できひん。瑚都ちゃんお酒弱いやん」 「そうですかね?瑚都、顔はすぐ赤くなるけど頭は結構冷静ですよ」 突然後ろの鞍馬が話に混じってきたのでちょっとびっくりした。 振り向くと、「ねえ?」なんて言いながら私を見てくる。 「あー……、まあ、そうかもね」 「よう一緒に飲むん? “瑚都”と」 曖昧な肯定をした私の隣で、京之介くんが鞍馬に聞き返す。 瑚都、といういつもと違う呼び方が少し強調されていた気がするのは気のせいだろうか。 「バーでたまたま会うことあるんですよ。好きな店が同じで」 「バー? へえ……」 京之介くんがちらりと横目で私を見た。 一人でバーへ行く趣味があるという話は京之介くんにはしていない。 話題を振っているのが鞍馬ということもあって、何だか落ち着かない気持ちだ。 「や、最近は行ってないんだけど……」 「そう、最近行けてなくて。来年こそ一緒に行こうね?瑚都」 誤魔化すように付け足すが、すかさず鞍馬がそんな誘いをしてくる。 機会があったらね、と返そうとした私よりも先に、問い返したのは京之介くんだった。 「サシでって意味?」 明らかに声がいつもより低い。 どうしよう、と目で助けを求める相手が鞍馬な自分が嫌になった。 鞍馬も鞍馬でどうしてそんな私と親密アピールのようなことをするのか。 いや、あるいはこれがこいつにとっての通常運転なのだろう。 何も気にしていないというか、無神経というか。 車内を流れる明るいJ-POPが私の心境と違いすぎて止めたくなった。 「人の女をサシ飲みに誘うん俺はどうかと思うけど。君はどう思てるん?」 京之介くんが私よりも年下の鞍馬に対してこんなにズバッと言うと思っていなかったので私がびっくりしてしまう。 「サシでもサシじゃなくてもいいですけど。予定合わせるのは複数より二人の方が楽じゃないですか?」 「最近の子はおもろい文化したはるなあ」 「京之介さんは結構束縛激しいんですね」 茶化すように笑う鞍馬だが、京之介くんの口角は一ミリも上がっていない。 「飲みくらい好きにさせてあげてくださいよ」 あんたは私の何なんだとツッコミを入れたくなるような発言をされ唖然としてしまい、咄嗟には何も言葉が出てこなかった。 京之介くんはハンドルを握ったままトン、トン、と人差し指を動かしている。 「鞍馬、私もサシはよくないと思う。またみんなで一緒に行こ?」 喋るのうまいんだからできるだろうに、鞍馬の方が収束させようとしないから私が話を収束させることになる。 二人で散々会っているくせに白々しい、と自分でも思うのと同じくらいに、鞍馬が指定した住宅街に着いた。 本当にヒヤヒヤしたし、この時間が終わったことにほっとした。 鞍馬が「おっけーい、またグループ作っとくね」と言い、京之介くんには「ありがとうございました」と軽くお礼を言って車を出ていく。 「良いお年を」 「瑚都も。来年も色々、よろしくね」 一応投げかけておいた挨拶に、鞍馬は含みをもたせて返事してきた。 ここまで来ると鞍馬の何も気を付けていない様子に腹が立ってきて、内心覚えとけよと思った。 絶対にもう京之介くんに会わせないとも。 車が発進し、いつもの私のマンションへ向かう。 「さっきの子、態度大きいな」 鞍馬がいなくなった瞬間京之介くんが歯に衣着せぬ物言いをするから吹き出してしまった。 「だよね。私もたまに思う」 「若いうちから生意気なんはええことやけど、どっかでへし折られへんか心配やわ」 ……京之介くんがこういう風に言う時は大抵機嫌悪い。 私も笑える気分ではなくなってしまった。 「ごめんね、京之介くん。あの子ああいう子で」 「別に瑚都ちゃんが謝らんでええよ」 車内を流れる明るい曲が終わり、次の少し湿っぽい曲が流れ始めた。 車通りは少なく、それ以降会話がないままあっという間にマンションへ着いた。 「大人げないな、俺。」 車を出ようとしたところで、京之介くんが呟いた。 不気味な薄暗さを醸す駐車場の電気は切れかけているようで私たちの上で何度も点滅している。 「ラーメンの残り食べてたんもちょっと嫌やってんけど」 何の話か分からず一瞬考えたが、すぐに私がチャラ男のラーメンを代わりに食べていたことに関して言っているのだと分かった。 「……何で?」 「間チューやん」 間チューて。京之介くんの口かららしくもない略語が出てきたのが可笑しくて笑いを堪えきれなかった私を、京之介くんが機嫌悪そうに見てくる。 「何笑てんねん」 「や、京之介くん、意外とそういうの気にするんだなって。可愛いなって」 「……年上の男に、“可愛い”?」 京之介くんの手がぬっと伸びてきて頬に触れ私をそちらに向けさせるから、ちょっと怖くて固まってしまった。 「可愛いとか言えんようにしたろか?」 “可愛がってくれる従兄のおにいちゃん”ではなく、“男の人”の顔をした京之介くんがそこにいる。 自分の顔が熱くなるのが分かる。それは私の頬に手を当てている京之介くんにも伝わっているだろう。心臓の音が酷くうるさい。 「遠慮も手加減もせんでええんかもな」 「……っ、」 「瑚都ちゃんにとって、俺はまだ可愛いみたいやし」 京之介くんの指が私の首筋を伝っていくから、くすぐったくて変な声が出そうになった。 「っ京之介くん、待って」 「待てへん」 私の首筋に顔を埋めた京之介くんは、そこに舌を這わせ、ちゅうっと吸い上げた。 そして歯を立てる。 「い、た」 甘噛みだったそれがどんどん力を増していくので、痛いと伝えてやめてもらおうとしたが、京之介くんは離れない。 「痛い、」 私が泣きそうな声を出したところでようやく京之介くんの歯が肌から離れ、痛みを和らげるように歯型に舌を這わせてくる。でもそれすらも痛くて喘いだ私に、京之介くんは「可愛い」と言った。 「“可愛い”な。瑚都ちゃん」 「……、」 「痛かった?」 「……痛かった」 「痛そうにしとる瑚都ちゃん、可愛い」 「どこが……」 「昔から瑚都ちゃんが痛がるん好きやった」 子供の頃。京之介くんは私を鈍臭いと言い邪魔だと罵った。 それでも私がお姉ちゃんや京之介くんと遊ぼうと付いていくと、手や腕を抓って痛め付けてきた。そのたびに私は泣き、お姉ちゃんは京之介くんを怒った。 何故今あんなことを思い出すのだろう。もしかすると京之介くんにとってあれはある種の愉しみだったのかも――。 「他のとこも噛んでええ?」 「だ、だめだよ」 「だめ?」 「……ちょっとだけにして」 「一日何回までやったらいい?」 「そんな毎日噛むつもりなの」 「ほんまは全身もっと噛みたかったけど、そしたら瑚都ちゃん、俺に引くんちゃうかなと思って遠慮しとった」 もしかすると京之介くんは、根っからのいじめっ子なのかもしれない。 その事実に気付いてしまい戦慄する私の耳元で京之介くんが囁いた。 「もし他の男とサシ飲み行ったら、いっぱい噛んだるから覚悟しぃや」 脅されて必死にこくこくと頷く私。 すると京之介くんが怯える小動物を宥めるように優しいキスをしてくる。 私の首筋にはくっきりと跡が付いてしまっているだろう。 京之介くんが私に跡を付けたのはこれが初めてのことだった。
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