年の瀬

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 : 昼休みになると、学生たちがわらわらと研究棟へやってきていた。 その流れに逆らうように一度外へ出て購買で梅しそおにぎりを三つ買って、エレベーターに乗ってまた上へ上がる。 七階で降り、休憩室に入ると既に鞍馬がやってきていた。 私を見てニコッと笑って手を振ってくるので、流れで鞍馬の隣に座る。 「お疲れ」 「おつかれ~。何買ったの?」 「梅しそ」 袋の中のおにぎりを見せると、ぶっと吹き出された。 「何で三個も同じの買ってんの、どんだけ好きなの」 「あんたも食べてみたら梅しその沼にハマるよ」 「ふ~ん、じゃあ俺の唐揚げあげるから一個ちょうだい」 鞍馬が自分の食べている唐揚げ弁当を差し出してくる。 「二個」 「え?」 「二個じゃないと割に合わない。唐揚げ二個と交換ね」 「え~?まあいいけど」 少し不満げだが納得したらしい鞍馬は私から梅しそおにぎりを一つ受け取った。 私は箸で鞍馬の唐揚げを食べながら、片手でスマホをいじる。 Instagramにまたフォローリクエストが届いている。 昨日もリクエストしてきた人物だ。一度は見たことのある顔だが遠くからだったし、久しぶりに見るとこんな顔だっけと思った。 公開アカウントで投稿が見れるのだが、真っ先に目に入るのが京之介くんとのツーショット写真で困る。 はぁ、と溜め息を吐いてリクエストを消去するのを、鞍馬は見逃さなかった。 「誰、そいつ」 「やー……話したことないけど、多分彼氏の元カノ」 監視のためか私にマウントを取るためか、わざわざ過去のツーショット投稿を消していない状態のアカウントでフォローリクエストを何度も送ってくる。 無視していたらそのうちなくなる……と思うけど、あまりいい気はしなかった。 「何、インスタでなんか言ってくるの?」 「そういうわけじゃないけど、私のアカウントにリクエスト送ってくる。未練があるのかただの嫌がらせか分かんないけど」 「そいつ俺が手ぇ出してどうにかしよっか?」 「余計ややこしくなるからやめて」 楽しそうに聞いてくる鞍馬を押しのける。 しかし時間差でいやそれどんな提案?と可笑しくなって笑えてきてしまった。 「あ、笑った」 してやったりという顔でニヤニヤする鞍馬は、何だか以前より子供っぽく見えた。  : 夕方になってから、いつも通り帰り道にあるスーパーで晩御飯の材料を買ってから自分のマンションへ帰った。 さすが一月と言うべきか、帰る時間帯にはもう寒いし暗くなっていて憂鬱だ。 部屋に入って暖房を入れて、ご飯を作って京之介くんを待つことだけが最近の楽しみだ。 最近は鞍馬とゆっくり二人で会う機会がない。 一緒に暮らしている彼氏が居るんだから当たり前だけど、鞍馬は私となかなか予定が合わないことを面倒臭そうにしていた。 次に鞍馬とお泊まりできるのは早くても春休みの帰省の時かな、と思っていた矢先、 「旅行?」 帰ってきた京之介くんが二月の中旬に大学の元同期の人たちと三泊四日の旅行へ行くと言い出した。 「何日から何日?」 「十四日から十七日」 え、バレンタイン居ないの?と思ったけど、友達同士の付き合いだし仕方ない。 当日にチョコを渡せないのが少し残念だけれど。 「そっか、楽しんできてね」 トマト缶で煮込んだミートボールを入れたお皿を置きながら言った。 するとご飯をついでくれている京之介くんが少し間を置いて、言いづらそうに言ってきた。 「……なぁ、その旅行に元カノおるって言うたら怒る?」 「え?」 こたつ机に二人分の晩御飯が並ぶ。お箸を取ろうとした手が止まった。 「元カノとはサークル一緒やったから同期の集まりで誘わんわけにもいかんくて、結局来ることになってんけど」 「……そうなんだ」 インスタの投稿に載っていたツーショット写真の元カノの顔が脳裏を過ぎる。 「全然いいよ、いってらっしゃい」 それを無理矢理かき消して、京之介くんの分のお箸も取って渡した。 元カノは元カノだ。もう恋愛関係が終わった存在。過剰反応するのもおかしいだろう。 ――加えて、浮気している分際でどうこう言えるような立場でもないし。 「ごめんな。全体やと結構人数多いし、二人で話すようなことにはならんと思うから」 「いいよ、そんな言い訳みたいなこと言わなくて。分かってるし怒ってないから。私過去のことには嫉妬しないよ?」 あはは、京之介くんは心配性だなあ、と笑ってみせた。 その後ご飯を食べ終えて、洗濯物を干してシャワーを浴びて、京之介くんの仕事が終わるまでスマホを弄りながら待って、十二時半にはいつも通り同じベッドに入って目を瞑る。 しかし何だか寝付けなくて、寝息をたてる京之介くんの横で寝返りを打ち、充電中の自分のスマホをタップした。 ベッドに入ってから一時間以上が経過していた。 Instagramを開いて、京之介くんのフォロー欄から昼間にリクエストを消去した相手を探す。 特徴的な特殊文字のローマ字の羅列はすぐに見つかった。開いてその投稿を見返す。 自分でも何をしているんだろうと思う。こんなの見たって何にもならないのに。 深夜は人をおかしくさせる。 社会人になってからの夜景デートの写真。 関東旅行で箱根の旅館へ行った写真。 アートアクアリウムへ行った写真。 大学時代のUSJへ行った写真。 清水寺の紅葉ライトアップへ行った写真。 ご丁寧に“11 month♡”などと付き合ってからの期間を逐一報告している様子が残っているハイライト。 京之介くんの元カノのアカウントには、京之介くんとの思い出が沢山詰まっていた。 気付けば時刻は一時五十分。 寝れる気がしなくなった私は起き上がり、上着を羽織ってベランダへ出た。 上着のポケットから出てきたのは鞍馬にもらったPeaceとライター。 一本取り出して火を付け、鞍馬が言っていたように二段階に分けて吸い込んで、吐く。 私の口から出された煙が夜の冷たい空気へと消えていく。 ふと、鞍馬は今起きているのだろうかと思った。 私とラブホへ行った時も私の方が早く眠っていて、向こうが先に起きて挿入で起こされたのを思い出す。彼は短眠な印象だ。 何となく鞍馬とのトーク画面を開き、【今起きてたりする?】と送信した。 いくら学生と言っても明日平日だし、こんな時間に起きているわけがない。 そう思いながらもぼんやり鞍馬とのトーク画面を眺めていると、しばらくして既読が付いたのでちょっと驚いた。 【起きてるよ】 そんなメッセージが送られてきて、ヤバ、速攻で既読付けてしまったと思って焦っていると、画面が鞍馬からの着信画面に変わる。 おそるおそる緑色の応答ボタンをタップした。 「……あんた一体いつ寝てるの?」 『よく言われる』 くくっと電話の向こうの鞍馬が笑った。 ていうか私は何をしているんだろう。 何でこんな時間にLINE送ってくるんだって話だし、何か用件を作らなければと頭をフル回転させていると、 『さみしかったの?』 まだ何も言っていないのに鞍馬がそう聞いてきた。 その声が柔らかくて甘くて酷く安心するもので、じわりと何故だか涙が出てきそうになった。 「……ノーコメント」 『ふうん。今どこにいるの』 「自分の家」 『彼氏は?』 「ベッドで寝てるよ。私今ベランダなんだよね」 『えー絶対寒いっしょ。そんなに俺と話したかった?』 「うざい、調子乗らないで」 冷たく接すると鞍馬がまた笑った。 鞍馬の方は外っぽい環境音がしていて、鞍馬が歩く靴音もする。 「……そっちは今どこにいるの?」 『駐車場。俺別の店でバーテン再開したからさ、今仕事終わったとこなんだよね』 そういえばチャラ男がそんなことを言っていたような気がするな、と今更思い出す。 『今なら迎えにいけるけど、どうする?』 「……え」 『どうしたい?』 ピッと向こうで車のロックを解除する音がした。 『俺は会いたいけど』 ちらりと部屋の中の京之介くんの様子を窺ってしまった。京之介くんは壁の方を向いたまま眠っている。 「明日学校で会えるし、こんな時間だからもう寝るでしょ、お互い」 『そんな冷たいこと言うんだ』 「朝起きて私がいなかったらあの人びっくりするだろうし、無理だよ」 『俺が会いたいって言ってるのに?』 すっかり冷えた身体がそろそろ部屋の中に戻りたいと言っている。 それでも囚われたみたいに、この場から動くことができなかった。 返事ができずに黙ってしまった私に鞍馬が言った。 『決めるの遅いから時間切れ。今から行くね』
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