あの夏

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 初夏の、他の花火大会よりはきっと早いであろう花火イベントは、少し早めに行ったにも関わらず人がごった返していた。花火大会なんて高校生の頃ちょっと良い感じの人と行って以来だった。花火はすごく好きだけど、一緒に行こうという人がいなかったのでしばらくは行っていなかった。屋台で唐揚げを買って食べて、多くの花火が打ち上げられる中、鞍馬は私と手を繋いだまま人気のないところへ連れて行ってくれた。あまり人が居ないけど、花火はよく見える。こんな穴場を知っているなんてできる男だ。 「彼氏も他の女の子とここ来てたら面白いのにね」  私が唐揚げを食べた後のゴミを捨ててくれた鞍馬は、地面に座って可笑しそうに肩を揺らした。  何が面白いんだ、笑えないだろと思う。彼氏がいるなんて断るための嘘だったが、今更バラすともし帰りたくなった時に断り辛いのでそのままにしておこう。  同時に、ふっと京之介くんの顔が浮かんで何とも言えない気持ちになった。……彼氏じゃないけど、京之介くんに見られるのは嫌だな。 「本当に来てたらどうする?俺この手絶対離さないけど」  ぎゅっと繋いでいた手を強く握られ、鞍馬の方を向かされる。ゆっくりと顔が近付いてきて、花火をバックにキスするなんていう青春みたいな状況になった。相手がこんな、誰とでもしてそうな人物じゃなければドラマチックなんだけど。 「今日の彼氏は鞍なんでしょ」  そっちこそ彼女が来てたらどうすんの?という気持ちを呑み込んでそう返す。ふ、と息を柔らかく吐き出すような色気のある笑い方をした鞍は、「そうだったね」と言って私の後頭部に手を回した。 「――キスの時」  幻想的な音楽と一緒に、花火が弾ける音がする。 「口もっと閉じてた方が気持ちいいよ?」  ディープキスを嫌がる男としか付き合ってこなかったことを見透かすような笑い方に少し恥ずかしくなった。 「必死で可愛い」  久しくしていなかった唾液の交換を、大好きな花火を見る余裕もないくらい最初から終わりまでずっとしていた。  蓮の花をイメージしたとかいう和風のラブホテルを選んだのは私だった。初めて来る京都のラブホ街。どこを見てもホテルホテルホテル。こんなに密集してるなら調べずに適当に入っても良かったなと思った私の手を引いて、鞍馬が中へ入っていく。  部屋番号を選ぶパネルの前で、「好きなところ選んでいいよ。とりあえず315はナシ。煙草吸いたいから」と鞍馬が言う。  315号室は禁煙と書かれている。そこ以外は喫煙オーケーだった。まだ煙草吸うの……と思う気持ちを呑み込んで、明かりが付いている中で一番安い部屋を選ぶ。安いとは言っても私の知るラブホよりは料金が高い。  来る前に適当に調べて出てきたところだけど、どうやらちょっと良いところを選んでしまったらしい。  浴衣を着た愛想の良いおばさんが奥から出てきて「ご休憩ですか?」と聞いてきて、鞍馬が「宿泊で」と短く答えると、ルームキーが渡された。いよいよメインイベントだ、と思いながら鞍馬と201号室へ向かう。部屋に入り荷物を置いて、ソファに並んで座った。部屋に入ってすぐ襲われると思っていたけど、鞍馬は余裕があるようでがっついてはこなかった。  煙草にライターで火を付けて、煙を吐き出す。そして横目で私を見て、「どうする?」と言いながら太腿に手を這わせた。 「エロいことしたい?」 「したくないならここに来てない、かな」 「じゃあベッド行く?」  薄く笑った鞍馬が煙草を置いて、私の手を優しく引いてベッドに押し倒す。綺麗な顔だな、と思って見上げると同時に――やっぱり一瞬だけ寒気がした。ああ、似ている。 「……ぐちょぐちょなんだけど。何でこんな濡れてんの?」  私の下を触った鞍馬が可笑しそうに言った。 「お察しの通り濡れやすいから、前戯しないで入れていいよ」  前戯が嫌いなんて我ながら珍しい方の女だと思う。でもそういうのは一人でもできることだし――せっかく一緒にいるんだからさっさと挿れてほしい、が私の意見だ。  すると鞍馬が私の足の間に入り込んで、そのままのそれをあてがってくる。いや、ちょっとはゴム付ける素振り見せてよ。なぜそんな当たり前のような態度でそのまま入れようとする?と思ったけれど、もう抵抗する気力もなかった。生理不順でピルは飲んでるし、あとは性病だけど……どっちにしろ検査は行くし。 「挿れてほしい?」  分かりきったことを甘い声でいちいち確認取って、女の口から言わせるのが好きな男だなと思った。 「……ほしい」  鞍馬が、ゆっくり腰を前へ動かした。  そこからは、さすがと言える性交渉の繰り返しだった。 「瑚都ちゃん、どの体位が好き?」 「……寝バック?」 「へえ。奥が好きなんだ。じゃあいっぱい責めてあげるね」 「っ、」 「何逃げてんの。瑚都に拒否する権利ないよ?」  いつの間にか呼び方が“瑚都ちゃん”から“瑚都”に変わり、正常位を気持ちいいと思ったことがなかった私に十分な快楽を与えてくる。結果として鞍馬が達するまでに私は三度イき、息を荒げながら終わったことに安堵していると 「言っとくけどまだ終わりじゃないからね」  と言いながら鞍馬がキスをしてきた。その下半身が存外元気でゾッとする。慌てて私が「待って、お腹すいたし水飲みたい」と訴えたら応じてくれた。  ソファでポテトとソフトドリンクをテレビ画面で注文した後、鞍馬に「上乗って?」と言われたのでまだそこまで休んでいないのに座位をする羽目になった。それにしても、めちゃめちゃ気持ちがいい。これは何の違いなんだろうか。どの体位でも気持ちいいなんてことは初めてだった。腰が止まらない私に、鞍馬が意地悪く「この体勢中出しされても文句言えないよ?」と囁いてくる。いつもよりぞくっとさせるような甘い声だった。しばらく動いていると、痺れを切らしたように鞍馬が私を後ろに倒し思いっきり突いてくるから、喘ぐことしかできなくなった。 「彼氏何型?」 「え?……A?」 「瑚都は?」 「O……」  何で性行為中にそんなこと聞いてくるんだろう?と思いながら答えると、「ちなみに俺もA型だよ」なんてご機嫌な様子で言いながら動きを激しくして中で果てやがった。  え?私ピル飲んでること言ってないよね?血液型的に自分との間に子供ができても彼氏にはバレない、大丈夫だと言いたいんだろうけど、何も大丈夫じゃないしいつもこんなことしてるのかなこの子?クズじゃん。  あまりのクズさにドン引く間もなく、何発出しても萎えない鞍馬のせいですぐに次のラウンドを行うことになる。休憩じゃなくて宿泊で正解でしたね、と納得した。しかもプレイ内容が徐々にマニアックになっていくから驚いた。  私に首輪を付けリードを強く引っ張ってよろけたところを四つん這いにさせたり、そのまま上に乗ったり、目隠しさせて自分のものを舐めさせたり――拘束具持ち込むほど好きなんですか?これ、と聞きたくなるようなプレイをさせられた後で、そんな泡立てる?ってくらい泡だらけのお風呂に入った。  散々ヤりきった後の休憩中、お風呂の方へ行ってボディソープを何回もプッシュしてたのはこれのためだったらしい。風呂というか泡じゃんと思ったけど、中に入るとちゃんとお湯だった。しばらく泡で遊んでから、お互い身体を洗うことにした。  私の髪の毛を慣れた様子で丁寧に洗いながら鞍馬が聞いてくる。 「瑚都ってダメなプレイとかあるの?」 「……んー、嘔吐系とかは苦手かも」 「あー。でも男ってイラマ好きなんだよねえ。ごめんね、さっきやっちゃって」 「いや、吐くほどじゃなければイラマはいいけど……。鞍は?どういうのが好きなの」 「うーん、俺結構性癖の坩堝みたいな人間でさ。さっきみたいに女の子の上に座って煙草ふかすのも好きだし、一人でしてるの鑑賞しながらスマホいじるのとか、おしっこかけたりとか色々したいんだよね。基本どんなプレイにでも興味そそられる」  何だよ性癖の坩堝って。初めて聞いたわ。 「……やられたい、どれも」  興味はあったので何気なくそう言うと、鞍馬がちょっとびっくりしたような顔をした。 「え?かけていいの?」 「いいよ、面白そうだし」  すると――ふ、と鞍馬が妖しく笑った。 「いいなあ、瑚都。俺好みの変態で嬉しい」  まるで新しい玩具を見つけたみたいに。
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