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1 、山とポメ
「山よー、山よーぅ……やまーっ、はっ、すばらしい~、フフッフーン、フフッフーン!!……やっ、ぐ、ぶ、ぶえ、ぶえっくしょーーん!!」
適当につくった歌を気持ちよく歌っていた。
大学生、凡野平太(ぼんのへいた)は、山中ででっかいくしゃみをした。
「ここらで休憩でもするか!」
ひとり言がいちいちでかいが、それを指摘するものはいない。
バックパックからティッシュをとりだし鼻をかむ。やや肌寒いのでTシャツの上にウインドブレーカーを着る。それからおまちかね、いそいそとおやつをひろげた。平太の好物の魚肉ソーセージだ。
登山道のそばにあった手頃な岩の上に腰をかけ、ソーセージのビニールをむく。子どもの頃からおやつといえば、大好物の魚肉ソーセージ、通称ギョニソ、うまくつるっとむけるとハッピーである。食べる前にびよんびよんとゆらす。淡いピンク色のソーセージは、ぷるんぷるんと無邪気にゆれる。
「ふふっ」
普段から天然だとか能天気だとか言われる。中二のこじらせより下の「小二」といじられれば、はははと笑う。実のところ平太は平太なりに周囲に気を使いつつ大学生活をおくっている。今は山で一人、解放されて歌も歌えば、ギョニソも揺らす。
「うおっ!」
やや激し目にびよんびよんしすぎたせいで、ギョニソが折れてふっとんだ。
すると茶色のフワッフワした丸いものが、弾丸のように平太の目の前を横切っていった。なんぞ! と驚く間もなく、フワフワはギョニソを空中キャッチし着地した。
「!?」
華麗な技をキメて、まるまるのフワフワは、黒く濡れた丸い瞳を平太に向ける。
「ぽ、ぽ、ぽ、ぽめらにあん~!?」
突然山中にあらわれた小型犬、ポメラニアンは、ギョニソを咥え、ぐるー、とこちらを威嚇する。
威嚇しても、かわいい……。
平太の頬はだらしなくゆるむ。
こんな山の中にまさかの野生ポメラニアン、いや、そんなはずはない。飼い主とはぐれたのかと周辺をみまわしたが、そのような気配はない。リードやハーネスもつけていない。
そういえば、ギョニソ。平太は、はっとなって、叫んだ。
「ちょっと待って! それ食べないで。ギョニソはわんこの身体に毒かもしれない!」
平太は待て、待ってて、と大慌てで、スマホを使って検索した。人間の食べ物は、ものによっては犬の健康を害すると聞いたことがある。
平太は動物を飼ったことはなかったが、ペットをもつことへの憧れから、犬猫の飼い方を調べたことがあり、中途半端に知識があった。
平太がモタモタしている間に、別の毛玉が、繁みから顔をのぞかせた。
(っ……ちっさ! かわよっ! やばっ!!)
ギョニソをキャッチしたフワフワよりひとまわり小さい。一匹でもたまらんのに、さらにちっこいのにてちてちとやって来られ平太は死にかけた。
かわいいが過ぎる。むくっとしてむちっとして、ちっちゃなお口からは舌がちろっとのぞいている。それが二匹。悶絶もののかわいさだ。
大きい方の毛色は、やさしいブラウンで、小さい方は黒かった。
どちらもかわいいながら、どこかノーブルで、きりっとした凛々しい雰囲気をしている。仔ポメが勢いよくはぐはぐと食べている間、大きい方は守るように平太を威嚇し続けている。
その様子すら、めちゃくちゃかわいい。平太は顔がふにゃふにゃになる。
(なんだコレ、二匹ともかわいっ! 親子? ナデナデもふもふしてえ。あっ、そうだギョニソ!)
ギョニソの商品名での検索結果を確認すると『塩分控えめで無添加でよけいなものはない』、と安心安全をうたっている。
(じゃあわんこにも平気かな……?)
ブシュン、と仔ポメがくしゃみをする。さっきより気温が下がっている。これはよくない。
平太は地面に膝をつき両手を広げた。
「どこの子か知りませんが、とりあえず僕んちに来ませんか? このままだと夜はもっと冷えるだろうし! ホラッ、ホラ、おいで! ワタシヨイヒト!」
そんなことをハキハキ言ったとして「ハイそうします」とおとなしく初対面のポメたちが従うはずはなく、親ポメは仔ポメの前にたちはだかり、平太に向かって低い声でうなる。
「そうだ!」
平太は、ぽんと手を打ち、おやつ袋を広げてみせた。中にはまだたくさんのギョニソが入っている。
すると、怖いもの知らずの仔ポメが秒で親ポメをすりぬけ、おやつ袋に飛びこんできた。
と、同時に、親ポメが平太にむかって駆けてくる。
平太は満面の笑みでいっそう腕を広げる。
「おいで、かわいいポメ吉!」
勝手な名前で呼ばれたポメ吉(仮)は、『ダサネームつけんなや!』とばかりに、平太の顔に全身アタックで、ガッチリと腕に噛みつく。
「大丈夫、大丈夫っ、痛くない痛くないっ、う、痛、痛ッ、いや、痛くない痛くないいい」
噛みつかれながら平太は、必死に笑ってみせる。危険ではないとわかりさえすれば、仲良くなれる。なぜかというとアニメでやってた。ここは慌てたり騒いだりせず冷静に優しく。
(ほうら痛くない)
いや、すげえ、痛い。
いくら待てどもかわいいケモノは平太の腕に噛みついたままで、勘弁してくれる気は毛頭ないようだった。服の上からとはいえ、かなり痛い。
仔ポメはというと、おやつ袋を荒らしたあげく、狭い場所が安心するのか、それともたまたまおネムだったか、袋の中で丸くなっている。
(かわいいいいいい)
平太は噛みつかれながらも、ふへへと笑った。すると親ポメは、仔ポメを助けようとするかのように、自らおやつ袋に入った。
(チャンス!)
平太はその袋の口を、さっと閉じた。案の定、中は大騒ぎだ。
「ごめんごめんごめんごめんて! でもこんな山の中に置いてけないから、ねっ、ねっ」
ヒイイイとなりながら、袋をしっかり胸に抱える。
陽が落ち始め、すでに薄暗い山道を平太はひた走った。
これから帰る家は、昔住んでいたが今は誰も住んでいない一軒家だ。
現在平太は大学の近くで一人暮らしをしている。両親も祖父母も、数年前に田舎から町のマンションに住みかえている。
山のそばの家はそのうち処分するという話だが、墓参りや山の管理のためたまに開けたり閉めたりしている。平太は祖父から山の用事を頼まれ、今夜はその家に泊まる予定だった。
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