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「ああああかわいすぎますかわいすぎますかわいすぎィ」
平太は、その場でひれ伏して拝む。そんな平太にモカはサクッと追加の襲撃をする。
「じゃあ平太さん、今夜なら私を抱いてくれますか?」
耳から入った信じられない言葉、すでに越えていたキャパをまたはるかにオーバーして、成層圏を突きぬけていった。なにをどうしたって無理だった。
「『じゃあ』って、『じゃあ』じゃないでしょ!何を言っているんですか!? そんなこと言ったらダメでしょうが!!」
「……ですよね」
モカはまた深く溜息をついた。暗い顔に逆戻りだ。
「違います、いや違わない。だって、モカさんにはマロンくんのもの、そしてマロンくんのパパのもので、ママでパパで」
「こんなに、なってるのに?」
なんだかキッチンでじゃがいもにでも手をのばすような感じで、モカは平太の股間に触れる。瞳は邪気なく、くりっと丸い。おまけに凶悪な首傾げ、甘いにおい、ときた。
童貞にはひとたまりもない。それでも最後の理性が発動する。
「モカさ……だめ、モカさんはマロンくんのわけありおかあさん……っ、僕たち知り合ったばかりで、あう」
「かたい」
「事情があるなら先にそれを聞かせ、っ……あううっ」
童貞を殺す気。
「平太さんが好き、それじゃだめですか? 余計なことを考えず私自身を見て。親である前に人妻である前に、ただの私を見てください」
「あああああああ……ぁあ、じゃあ、その前に、」
平太は土下座した。
「モカさん、モカさん! どうか僕と結婚してください!」
モカはすぐさま、こくんとうなずいた。
「ええええええ?? いいん、ですか?」
モカは、はい、と確かに返事をした。平太はにわかには信じがたく、「本当ですか」こくん、「いえす、ってことですか」こくん、「僕とモカさんが」と何往復もやりとりしてしまう。放心したのち、ようやく頭がはたらきはじめる。
「……え、あっあっ、じゃあ指輪、あとご家族に挨拶、……ってか、一生大事にします!! じゃなくてっ、その前に僕まだ学生でまだ親のすねをかじっておりまして、先に就職しないとですぅ……うわああああ学生の分際で生意気にもプロポーズしてしまったーー!!」
平太は完全にパニックだった。落ち着かない。モカはそんな平太の動揺などおかまいなしに、ひしっと抱きついてきた。
「平太さん、すごく、うれしい」
そんなのこっちだってうれしい。平太の頭の中に、最初出会った時に流れた映像が流れる。美しい妻、かわいい子ども、平和な家庭、さんさんと輝く太陽のもと気持ちのいい風にひるがえる真っ白に洗いあがった洗濯物。笑顔笑顔笑顔、ナイスなテーマミュージック。
待て、マテ、wait、そんなうまくことは運ぶか? と平太の脳裏に疑問がよぎった。
そもそもパパは?
えっと、この人既婚者では。
何かの罠だったりしない?
しかし目の前には、とぅるとぅるの唇とうるうるの瞳があった。
キス! キス! キィィィィスッ!!
謎の脳内オーディエンスが二人を囃したてる。
平太はしらずしらずのうちにむにゅっと唇をつきだし、ちゅーの口になった。目は閉じるのか、そうだとしたらどのタイミングで閉じるのか。あっあと少し、おかしい照準があわない。
(……?)
何だか視界が奇妙である。
どこからともなくもやもやと白い煙がたちこめている。
キャンキャン、とイヌが吠えている。
「あれ? え? モカさん? モカさーん!!」
???
抱きしめていたはずのモカが、腕の中にいない。
モカの名前を呼びながら、そしてマロンを助けなければ、助けなければ、と走りだすと、何かにゴッ、とつまずき、ごろんごろん転がった。ドンっと、衝撃を感じ、土の感触がした。
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