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庭に転がりでてしまったとわかった。
さらにガッ、と庭石に頭をぶつける。
くらくらする頭を抱え、痛む足でよぼよぼ起き上がる。月もでていないのに周囲はほのかに明るかった。
辺りに濃くたちこめていた煙のような霧のようなものが、みるみる晴れてゆく。
最初目にはいったのは巨大なむくむくの前足。足をたどって仰ぎ見ると、平太の目の前に現れたのは、つややかにフワッフワに発光し輝く巨大な黒ポメラニアンだった。
どれくらい大きいかというと、都会の小さい一戸建て(建売)くらいある。平太は自分が見ているものを信じられない思いで凝視する。
(で、か! ぎゃん、かわ! でかすぎ、でか、ぎゃん、かわ)
ただ茫然と巨ポメを見上げ、口をあんぐり開けた。その恐ろしいほどの愛らしさに固まってしまった。
「パパ―ぁ!」
いつからか、マロンがきゃあきゃあいいながら巨ポメの前で飛びはねている。あ、無事、と安心したのもつかの間、マロンは人間の子どもの姿から、黒毛の仔ポメラニアンに変化した。
平太は顎がはずれないのが不思議なほど口をあんぐり開け、しかしすぐに大事なことを思い出す。そうだ、モカさん。モカさんは――。
ちょうど巨ポメの前脚のあたりに、モカがいた。上品なブラウンのポメラニアンに変化してゆく。
『凡野平太よ……』
わんわんと爆音がとどろいた。平太は腰をぬかす。
巨ポメが、巨ポメが僕のフルネーム呼んだーーーー!!
『山のものは山に。ポメラニアンのものはポメラニアンに還せ……』
か、かみさま?!
巨大ポメはきゃんきゃんわふわふと、超絶かわいい、かつ巨大な尻をぷりぷりさせながら庭から出て行った。黒&ブラウンの二匹に姿を変えたモカとマロンも、てちてち後に続く。
ブラウンの方が、一瞬平太を振り返った。つやつやの目が、どうしてか悲しそうだった。
クゥ~ンオォ~ン
ポメの言葉などわかるはずもない平太に、言っていることが、なぜかはっきり理解できた。
(正体がばれてしまっては、おそばにおられません……ごめんなさい……さよなら)
モカさん。
僕と結婚するって言ったじゃないですかーーー!!
そいつはいったい誰ですかーーー!!
マロンくんとそっくりの毛色、つまりパパです、か? 復縁ですかーーーー!!
平太は叫ぶ。
「行かないで!! 行かないでくださーーいぃぃ!!」
すると巨ポメがくるっと振り返り、平太のところまで、ずしずしでちでちと戻ってくる。
ずしーん、と地響きをたて、目の前でねそべった。真っ黒な巨大ポメの鼻先が平太の頭のはるか上だ。
ポメ神様はくわ~~とかわいらしくあくびをする。
「ぼ、僕は凡野平太と申しま」
尖った歯がむき出しになる。だらりと垂れた舌は思いのほか長い。
「あ」と思った。
次の瞬間には湿った生暖かい暗闇の中だった。
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