1 、山とポメ

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「こらこらそんなに舐めるなよ~~うへへ……へへ、ぶぇぇーーっ、くしょん!!」  平太は自分がたてたくしゃみの音で、幸せな夢から飛び起きた。 「なんじゃこりゃあ」  毛布一枚だけを身体に巻いていたはずが、家にあるありったけの布団が集まっている。寒くて自分で無意識にやったにしては、圧死しそうな量だった。 「あ!」  布団から這いだして、そーっと部屋をのぞくと、昨日いたはずの二匹がいない。 「嘘だろ……」  平太は真っ青になって、家中を探す。二匹は影も形もなかった。昨夜確かに施錠したはずの玄関のドアは、鍵が開いていた。  ドアの鍵が開いていたといって、小型犬が自力で開けて外に出られるわけがない。  平太は、とりあえず家の中や周囲を探し、近所の人にも聞いてみたが、二匹を見かけた人は誰もおらず、みつけることができなかった。  警察に電話をしてみたものの、迷子犬について、届け出はないと言われた。せっかく保護したのに、絶対飼い主に届けると心に誓ったのに、これでは飼い主に顔向けができない。  とりあえず村役場に向かった。地域のお困りごとは全部ここに集まる。  しかし平太は、村役場に着くと、急にわからなくなった。どの窓口に行けばいい。  ぐるぐると悩み、いったん落ち着こうと思った。昨日からほとんど何も食べていない。  着替えはおろか、顔も洗っていない。山に登ったときのままのバックパックをあさると、ギョニソが一本コロンとでてきた。ロビーのベンチでビニールをむき、ビヨンビヨンしていると、視線を感じた。  意志の強そうな3歳くらいの子どもが、じーっとこちらを見ていた。ふんわりとした黒髪が柔らかそうで、くりっとした目やつんとした鼻がかわいらしい。キッズモデル並みに目鼻立ちがととのった子どもだった。 (欲しいのかな~? でもアレルギーとかあったらまずいし、勝手にあげたらだめだろうな)  それでもつい、声をかけてしまう。 「これ、食べたいの?」  子どもはこくんとうなずいた。 「ひとりなの? お家の人は?」  みるみるうちにしずんだ顔になり、ぐっと口をむすんだ。どうしたどうした、と思っていると、びえええええええええん、と泣きだした。 「ままぁ!!、まーまーーーーーー!!!!」 「えっ、えっ、どうしよう、ママいなくなったの? この子のママはいませんかーーーー!」 「マロン!」  駆け寄ってきたのは濡れたような大きな黒目をした、小柄な人だった。  その人が現れた時、平太にはその登場が、スローモーションのように見え、目を奪われた。平太の好みど真ん中、いや平太じゃなくても、誰しも絶対好きになる。  明るめの茶色の髪は、肩に少しだけかかるくらいの長さで、思わず触れたくなる、でも触れたらそれ以上を望んでしまいそうな、甘く柔らかな空気を含んでいる。  ふわっと優しげな眉はさがりぎみで、全体的に幼く愛らしい印象なのに、どこか気品があって凛々しい。 「かわいい」と「きれい」がとても拮抗しているが、「かわいい」が僅差で優勝だ。もうそれは、かわいくて、きれいで、かわいい。  オーバーサイズのシャツに細身のパンツというシンプルなファッションが、さらに清楚で可憐、なにもかもが平太の心をズッキュウウウンと撃ち抜く。 「マロン、勝手にいっちゃダメって、あれほど……!!」 「ママぁ~~うえぇ~ん」 「心配したんだからね……」  子どもは安心からか、いっそう大きな声で泣いている。  平太は美形の親子をしばらくぼうぜんと見ていたが、だんだん自分が恥ずかしくなってきた。山から帰ったままで寝て起きて、薄汚い。平太にも羞恥心がある。 「それじゃ僕はこれで……」 「あのっ、待ってください」  呼び止める、そのすがるような様子に、えっ? と胸が高鳴ったが、平太にはやるべきことがあった。 「……あっ、その僕、用事があって。昨日保護したポメラニアンが行方不明で」 「その件は大丈夫です」 「あ、えっ?」 「突然ですが、一目惚れって信じますか?」 「???」  平太は自分を指さす。その人はうなずいた。  急に頭の中がお花畑になった。  ぱあああああッ、と妄想が頭を走った。  きれいな人とかわいい子どもが平太にじゃれつく。花が咲き乱れるお庭で洗濯を干して手を振って、まるでCMに出てくる完璧なファミリーのように、あはははは、なんか人生の楽園というか最終形態というか、経験もしていない走馬灯がぶわわわと駆け巡る。 「どうか、私を平太さんのおそばに置いてください」 「え、あっっ、僕でよければ、はい! すっとそばにいてください!」  即答も即答、くいぎみに即答していた。  すると美人が突然硬い表情になった。眉間にギュッとしわを寄せている。 「私はモカと申します。この子はマロンです」  美人は険しい顔のまま、自己紹介する。 「凡野平太です。平凡の凡に野原の野、平和の平に太いと書いて」  何か間違ったのだろうかと、おどおどしながら平太は自分も名乗った。初対面の美人は、難しい顔つきのままで平太の手を両手で包んだ。 「よろしくお願いします」 「は、はい」  急な接近に声がうわずる。  平太の足に何かがぶつかった。親の足にじゃれていた子どもが、勢いあまって平太の足の間にはまった。 「おっ?」  目が合うと、何もしていないのに、ぎゃああああああああっと再び子どもは泣きだした。 「えっえっ、うわうわうわ、何何何、ごめんごめん!」  平太はうろたえ、真っ青になって平謝りした。
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