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「……ごめんなさい」
声はとても小さかったが、はっきり聞こえた。なぜ謝るのですか。
平太は意を決して目を開いた。するとそこにいるはずのモカはいなかった。布団の上に気配を感じた。
「え……?」
平太の腹のあたりに、山で出会った茶色のポメが、ふんわりちんまりと座っていた。
「え、え、え」
するとかわいいお手々が、平太のまぶたにぽむ、とのっかった。弾力のある肉球に、ほわ、といい気持ちになるが、「いやいやいやいや」と思って身を起こす。するとさっきいたはずのポメラニアンはもういなかった。間近に、モカの顔があった。
「も、モカしゃん?? いま、ついさっきここにポ……」
「私だけです」
そのまま体重をかけられると身動きできない。
「???」
「夢をみていたんですね」
にっこりされると、何も言えなかった。
「ほらトントンしてあげますから眠って」
口調が優しく甘く、あざとく色っぽい。
「平太さんはとてもいい子。さあ」
秒で眠りに落っこちた。
目覚めるやいなや、平太は二人が寝ている部屋を確認した。
親子はすやすやと眠っていた。
マロンは布団の真ん中で大の字になって寝息をたてている。小さいくせにモカをすみっこに追いやって布団のほとんどを陣取っている。
ほっとした平太は、モカと反対側の布団の端にそっと仰向けになった。一人っ子で、親戚の中でも一番下だった。小さな子と触れ合ったことが、ぜんぜんない。
天井を見ていると子どもの気持ちになった。そして保護者の気持ちになった。マロンをはさんでモカと川の字だ。
子どもの寝息は甘くて湿っていてあたたかい。昨夜真っ赤な顔で泣いていた暴君は、天使そのものとしかいえないほど愛らしい寝顔だ。
あったか……んん? なんかここはひやっとする……。
!!!!
平太ははね起き、それから声を殺して笑った。
こんなに小さいのに、世界の中心じゃないか。
パンツとパジャマは自分の子ども時代の新品が、タンスの奥から奇跡的にみつかった。捨てられないタイプの一家でよかった。
眠る子を起こさないよう、そっとそーっと着替えさせた。一時しのぎでバスタオルをもってきて、濡れた敷布団の上に敷いた。
大丈夫。
今日は天気がいいみたいだし、二人が起きてからシーツを洗濯したり、布団干したりすればいい。まだ夜明け前だ。平太はそのまま幸せな気持ちで二度寝をきめこんだ。
「……本当にすみません」
「ぜんっぜん平気です。昔は親戚が集まったりしてたんで布団は山ほどありますし、着替えも。僕も子どもの頃はよくやらかしたもんです。いちいちそんなつらそうな顔しないでください」
おねしょの布団は丸洗いできるものだったので、洗って干す。押し入れをひっくり返していたらおねしょ対策の防水シーツが出てきた。
そして続々といいものを発見する。ビニールプールやおもちゃなど、懐かしのあれやこれや。
マロンは興味深そうにおもちゃを遠巻きに見ている。まだ平太に人見知りして、手出しできずにいる。
「よかったらマロンくんを遊ばせてあげてください。そうだ、必要なものとか言ってください。買ってきます」
買うものをスマホにメモしつつ視線をあげると、モカの真剣なまなざしとぶつかった。
「……今夜マロンが眠ったら、平太さんのところに行っていいですか。二人きりで話したいことがあります」
濡れた瞳でそんなことを言われ、動揺しない男がいるだろうか。
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